第143話 船旅

 白いコートが風にはためく。細かな光を弾く海を背景に、柵の上で少女が踊る。


「すごくないですかー?」

「バランス崩すなよ」


 小型フェリーの甲板の上。落下防止用の柵に乗り、ヒルネが曲芸のような踊りを披露してきた。波もあれば潮風も強い。だというのに、落ちる未来が全く見えねぇ。並外れたバランス感覚だ。

 落ちたところで大丈夫だろうけどな。なにせ魔法使いが2人いる。

 ちなみに課題は提出したらしい。提出はした、と言い張っていた。


「うぅ、寒い……。魔法使って良いかな、良いよね?」


 マフラーを口元までぐるぐる巻きにしたスイが誰宛てでもない質問を虚空に流している。好きにしろよ。


「まさか船旅になるとは思っていませんでしたね。しかも旧式の小型フェリーとは」


 余裕の声色で言うのはトウカだ。乗ってすぐ船酔いで真っ青な顔をしていたというのに、今は謎技術で浮遊して余裕をかましている。


 俺たちの鹿児島への移動は、様々な事情により船旅となった。


 飛行機は「素手で落とせるだろ」という酷すぎる理由で全ての航空会社に拒否された。落としたら自分も死ぬだろと反論したら、「竜に変身できるじゃないか」という真っ当な返事がきた。何も言い返せなくなり、選択肢から消滅。


 鉄道は顔が知られすぎているせいで、変なのに囲まれるかもしれないのでアウト。車や低空飛行系の航空車両も検討したが、トラックやバンで長距離移動はシンプルに面倒くさい。

 つーわけで、大量の荷物と俺らをまとめて運べる船に白羽の矢が立ったのだ。


「うぅ、冬の沖合ってなんでこんな寒いの」

「風があるからじゃないか?」

「ナガは暖かそうでいいね」


 スイが羨ましそうな視線を向けてくる。俺とユエは、あまり光を浴びないようにスキーヤーみたいな重装備になっている。顔も虹色に光を反射するゴーグルでバッチリ覆われていた。


「世界樹のお陰様でな」

「せっかくだし塩水浴びとく? 枯らせるかも」

「その前に凍死するわ」


 俺まで寒くしようとしなくていいから。そんな寒いなら船内に戻れよ。

 ひとりぼっちで壁を見ながら揺れてたら酔うのか。スイは寒がりながらも、とにかく外にいようとする。


「カップラーメンの自販機を見つけたのに、何も商品が入ってなかったのだ……」


 船内からくたびれた様子のユエが出てきた。ふわふわのフードを深く被って顔は見えないが、足取りと肩を落とした様子から、その疲れが伺えた。


「お疲れ様です。打ち合わせはいかがでしたか?」

「進捗無しであった……」

「そうですか……」


 ユエはトウカの隣で、虚空に腰掛けた。見えないだけで障壁のようなものを浮かべているらしい。船の揺れに少し遅れて小さく動いている。エアダンパーみたいなギミックを備えているようだが、魔法の才能がからっきしな俺には何も見えなかった。


「誰しもが魔法を使える訳ではない。人の手を離れて定格で動作するもの以外に魔法を普及させるのは、好ましくないとのことだ」


 官民連携のやつか。いかにも行政が言いそうなことだな。

 ドローンみたいに、既存の技術と組み合わせて、狙い通りに動かせるタイプの魔法以外は要らないってことか。


「しゃーなしだな。ロートルに使えねえ技術が流行りすぎると、それらを支える基幹産業が死んだりする」

「高度な3Dプリンターに依存しすぎて、高精度な加工技術を持つ会社が経営破綻した結果、プリンターを作れなくなった国がありましたね」

「25年の間にそんなことがあったのか。いや、マジでそうなんだよな」


 トウカがホログラムを展開し、古いニュースを送りつけてきた。5年くらい前に世界的な注目を集めたニュースだったらしい。

 先端技術を追わないのも問題だが、段階を踏みたい行政の思惑も分かるってもんだな。

 おかげさまで魔法のスペシャリストを連れ回せているんだから、俺らにとっては都合が良いのかもしれない。


「精霊という概念が広まれば、妖精の死骸なぞ使わなくても良くなるのにな」


 大きくため息をついたのか、フードの周りに白いモヤがふわりと広がった。


「妖精の死骸って、魔石のこと?」

「そう呼んでいるようだな。あれはなんとも残酷だ」


 魔石か。そういえば時間に追われるような探索が多かったせいで、最近採ってねぇな。

 コボルトやゴブリン、ドワーフなど妖精種に分類されるモンスターは、脊椎の一部がクリスタル様に変化している。これを加工すれば、いわゆる魔法道具のようなものを作れるらしい。


「妖精な。あいつらって何なの?」

「これはまた曖昧な質問をする」

「なんか色々いるけど、あんま共通点ないだろ?」

「ヒト、ネコ、クジラの共通点もあるまい」


 ユエが放った返しのパンチが強すぎて、言葉に詰まってしまった。確かに同じ哺乳類だが、見た目は全然違うもんな。


「我が王国の学者は、妖精種を精霊が受肉して生物に堕ちた姿と言っておったな」


 元が精霊だから、死骸でも魔法をコントロール出来るっつーわけか。


「でも、生きてるものをこき使うくらいなら、魔石を利用した方が良くない?」


 スイが悪気無さそうに言う。ユエが頷いた。


「人間的な感覚ではそうだ。だが、さらに言うのなら、『生きているより死骸に価値があるなら、探し出して殺して回る』。これも人間的な感覚であろう?」

「あっ、そっか……」


 違いねぇな。俺らはそういう歴史を積み重ねてきた。


「我が世界の人間達もそうだった。知的生物のエゴは変わらんのかもしれん」


 相変わらずウチのノーライフキングは哲学的な悩みを抱えている。死者の群れを使うからこそ、なのかもしれねぇな。


「そんな難しいこと考えてたら若いうちからハゲちゃいますよ! こっちで遊ぼう!」


 船首の先で、肘だけを支点に逆立ちで回転しながらヒルネが言う。


「一番年上! ハゲない! 凄いな!?」


 ユエの三連ツッコミが、太平洋に流れていく。

 それにしても妖精種は元は精霊だった、か。正直俺はまだ精霊が何かすら理解出来ていないんだよな。魔法の才能が欠片も無いせいで、認識することすら出来ていない。


「ドワーフも妖精、アラクネも妖精、オークも妖精か……」


 何かが繋がりそうで繋がらないもやもやがあるな。

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