第142話 外出許可

「面白そうだ。今すぐってワケにはいかねえが、是非行ってみたいところだ」


 俺の返事に隼人は満足そうに頷いた。

 ひとまずは外出禁止令が解かれるか、支部長ちゃんに確認してからだな。俺以外のパーティーメンバーの都合ってモンもある。


 スイ達は探索者として活動しているが、同時に学生でもある。出席免除のための課題を相当溜め込んでいるらしく、ヒルネと頭を突き合わせて必死で処理しているそうだ。

 トウカは勉強が出来るようで、ぱっぱと一抜けしていた。作り出した時間を活用して、新魔法理論の構築を目指し、ユエと一緒に複数分野の専門家とリモートで討論を重ねている。

 助け合いとかじゃなくて自分の研究を優先するあたり、トウカらしさが爆発してるな。


 なんかトウカを中心に、あかりさんも手を貸して、官民連携団体を立ち上げようとしているんだとか。どんなものになるかは知らないが、俺に出来ることもねえだろうな。


「彼女たちは忙しそうだから仕方ないね」

「私もぼちぼち予定が入っているぞ」

「俺だけ暇人みてえな扱いやめね?」

「事実だ」


 なんで俺よりユエの方が社会的に馴染んでんだよ。


「そういえば、王の情報って言ってたのは結局なんだったんだ?」

「ダンジョンの浅い層に、異常な数の蜘蛛の巣が発生していたんだ。十中八九アラクネの仕業だと思うんだけど、1~10層の範囲にアラクネが湧くこと自体、なかなか異常だからさ」

「ロボを思い出すな」

「そうなんだよね」


 隼人が頷く。

 本来の生息域を離れてモンスターが大移動を起こすのは、経験則的には王が関与している。ワーウルフだってそうだったし、スケルトン軍団もそうだ。カルカ達が集落の場所を変えたのも似たようなもんだろう。


「アラクネが湧いたら新人の探索者たちは潜れないな」


 アラクネは深層のモンスターだ。単体での戦闘力ですら、攻めるときはエルフと同等。待ちに入ればエルフの数倍に達する。それが集団で巣を作るのだから、下手すればベテラン探索者ですら殺されかねない。


「うーん」


 俺の至極まっとうな言葉に隼人がぽりぽりと頬を掻いた。


「なんだよ。もしかして既に自衛隊が出てんのか? 浅い層にまでアラクネが上がってきたっていうなら、自衛隊案件でもおかしくねえからな」


 つーか自衛隊が出ればすぐに解決だろうな。アラクネは強いが、ヴリトラのような理不尽さはない。機銃掃射でちょちょいのちょいだ。


「いや、うーん。ちょっと説明しづらいんだけど……。向こうはクランが強い力を持っていて、ほとんど自治みたいになっていたんだよ。こればっかりは現地で話を聞いた方が良いと思う。とにかく、自警団みたいに組織化された探索者クランが動いてる感じだった」


 それが薩摩クランってわけか。


「なんだか面倒くさそうだな?」


 牡羊の会みたいな奴らだったらまたダルいことになる。もう散々対人戦はやり尽くしたからな。いい加減食傷気味だ。カルカとの殴り合いみたいなことだけやりたい。


「いや。むしろ野蛮だったから、馴染みやすいと思う」

「なんで野蛮だったら馴染めんだよ」

「王は野蛮であるからな」


 思わず口を尖らせた。俺への印象どうなってんだ。普通に社会生活大好き都会っ子だぞ。ついさっきまで、暗い部屋で配信眺めてたんだからな。


「まぁいい。とりあえずスイたちにも伝えておく。スケジュールを取れ次第、現地に行く」

「それじゃあ何かあれば連絡貰えるかな? あと、チームやんばるは今回は不参加でいいのかな?」


「時期と参加メンバーは後から送る。たぶん山里たちは不参加だな。一応声はかけておく」

「了解。それじゃあ現地に柚子を待たせてるから、僕は戻ろうかな。配信でいくらか事前に情報は得られると思うから、暇があったら見ておいて」

「お前らのとこ、コメント有料だから嫌なんだよな」


 見てたら口を挟みたくなるのに、そのたびに金取られるからな。柚子をイジるのもタダじゃない。嫌になるよ、まったく。

 隼人は肩をすくめ、「近いうちに、また!」と言い残して出て行った。ドアを開閉する僅かな時間に光を浴びておく。


 視聴中の配信に目を戻せば、山里たちが勝ち鬨をあげていた。やっぱ普通に強いよお前ら。シャベルマン抜きで大型モンスター倒せるじゃねえか。


「こやつら抜きでのダンジョン探索は不安がある」


 ユエが心配そうに言う。


「なにかと気が回るからな」


 いないものは仕方ない。いるメンバーで、それなりの形にまとまっていくしかねえさ。


 装備も同じだな。強力な敵を相手にすることが増えてきたが、あくまで俺たちは法に縛られた探索者。協会の意向に沿った範囲でしか武器を使うことができない。

 政治的な意図が大きく絡んでくるエクスカリバーは、ヴリトラに刺して置いてきちまったからな。今俺の家にあるのは、協会から購入したツヴァイハンダーだ。探索者なのにダンジョン産の武器を購入するという、ワケのわからんことをしてしまった。


「相手の戦力をどの程度に見積もるか……王はいると思った方が良いよな?」

「可能な限り備えた方が良いだろうな。アラクネの王がいるならば、長丁場は覚悟した方がいい。あやつらは時間稼ぎと待ち伏せのスペシャリストであるからな」

「浅い階層でのことだろ? 長丁場でも地上と連携はとりやすいんじゃねえのか?」


 地下10層くらいまでならパッパと行き来できるだろ?


「いや、厳しく見積もった方が良い。アラクネは環境そのものを変えるぞ」

「ふーむ」


 誰にも会わないつもりで伸びきっていたヒゲを撫でる。風呂も適当になっていたせいで、少しばかり脂っぽい感触が指先に残った。


「地域変われば支部も変わる。支部長ちゃんみたいにレスポンス良いとは限らねえからな。がっつり準備するか。それもスイたちに伝えておこう」


 あとは外出許可だ!

 マジで外に出してくれ!

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