第4章

第141話 来訪

「山に行きてぇな……」


 ひよこ電球みたいな小さな明かりの下で、ソファにぐったりともたれかかる。部屋にあるもの全ての輪郭が、薄暗がりの中でぼやけていた。


「しゃきっとせんか、王だろうに」


 ユエが腰に手を当てて、ふんすと鼻息荒く言った。なんでお前は元気なんだよ。アンデッドの王だから、暗いところも平気ってか。

 アーサーやマーリンとの戦いから帰り、病院で検査入院している間に、俺の部屋は勝手に魔改造されていた。支部長ちゃんとスイ達が手を組んで、徹底的に遮光しやがったのだ。

 分厚い遮光フィルムが窓に貼られ、鍵はシリコンでベッタリと固められている。照明も制限され、とにかく俺とユエに光を浴びせないという強い意志を感じる。


「あのな、ユエ。人間は光を浴びないと精神に異常をきたすんだよ」

「すでに異常だらけではないか」


 思わず口を閉じた。そこまで変なことはしてないと思うんだがなぁ。

 ここのところ、俺にとって楽しくないことばかり起きている。おおよそ世界樹のせいだ。

 日光禁止、外出禁止。それに水を飲む量まで制限されて、ビールも禁止されちまった。

 しかもだ。病院で手の骨を治そうとしてもらったら、世界樹で強化され過ぎたせいで切開出来ないときた。おかげで、プレス機で手をごりっと挟んで成形するという、地獄のような治療をされる羽目になった。

 マジであの医者頭おかしいよ。


「暗闇でじっとしている方が、力の回復も早いようだ。我が力を取り戻す日も近い……くくく」

「そのキャラやるならもう少し成長してからだな」


 暇すぎて変なごっこ遊びに目覚めちゃってるじゃねえか。

 時間つぶしに流していたホログラム映像に視線を戻す。山里たちの配信だ。彼らは鍛え直すだとかで、関西の琵琶湖付近のダンジョンに行ってしまった。主力のアタッカーであるシャベルマンを欠いた状態で、巨大なライギョみてえなモンスターと必死にドツきあっている。


 正直楽しそうだ。羨ましくもある。ダンジョンでの戦闘は必要に迫られてやるもんだが、こうも体を動かせないと、死闘ですら楽しそうに見えてくるんだから不思議なモンだ。


 ぴこん。ホログラムの端にポップアップが浮かんだ。隼人からのメッセージだ。


『日光禁止で暇していると聞いたんだけど、遊びに行ってもいいかな?』


 お、これはアツい。

 隼人たちは九州の方に王モンスターを探しに行っていたはず。どんな戦果を得たのか気になっていたところだ。


『暇すぎ。すぐ来て』


 俺が送ったメッセージを見たユエがぼそっと言う。


「うざい彼女みたいだ」

「いちいち言うな。送ってから俺も思ったわ」


 と言った途端にチャイムが鳴った。


「いるかな?」


 ドア越しの声。隼人のものだ。

 背筋が冷たくなった。なんで俺の部屋の前まで来てからメッセージ送ってんだよ。普通に考えて1時間くらいおいてから来いよ。

 ユエが隼人を部屋に招き入れる。明るいところから暗い部屋に入ってきたというのに、真っ直ぐ俺に目線を合わせてきた。暗順応が速すぎる。怖い。


「ええと、水分すら制限されてっから何もないが」

「お構いなく。見たところあんまり水分関係なさそうな気もするけれどね。暗所でも元気な葉っぱが生えているし、普通の植物とは違いが大きそうな気もするね。ちょっと切り取ってもいいかな?」


「じっと見るな。これ切り取ろうとすると、すげえ硬くなって抵抗する。で、その抵抗すんのに俺の体力がゴリゴリ持ってかれる。たぶん切り落とす頃には死ぬぞ」

「ある意味、体力を使った盾になるわけだね」


 すぐに戦闘への転用を考え出す。これが上級の探索者ってもんなのかね。

 ちなみに分かりやすく体力が持っていかれると説明したが、恐らくは王権にまつわる何らかの力が消費されている。あんまり世界樹部分へのダメージは受けたくない。


「まぁ俺の葉っぱについては良いんだよ。で、九州はどうだったんだ?」


 隼人は楽しげに手をぱちんと合わせた。


「楽しかったよ。王と確信できるモンスターには遭遇できなかったんだけどね。それ以上に興味深いものにたくさん出会えたよ」


 そう言いながら、不敵な笑みを浮かべる。


「神か?」


 ユエが聞いた。


「残念ながら。でも、もしかすると神よりも面白いかもね」

「勿体ぶらずにはよ言え」

「うん。賢いドワーフがいたんだ」


 さらっと隼人が言う。その短い内容に、俺とユエの口があんぐりと開いた。

 実際にダンジョンを探索した者にしか分からないだろう。ドワーフが賢いという情報は、それだけの衝撃を持っている。


 物語で描かれるそれとは異なり、現実のダンジョンに生息するドワーフは、阿呆で間抜けだ。

 知性はほとんど感じないし、殴られても反撃せずに泣きそうな顔をするだけ。こつこつ壁を叩くことしか能が無い。他の行動といえば、通路の隅っこであぐらをかいているか、転がって眠っているか。あと、コボルトに喰われているくらいか。

 本当に、なんの為に存在しているのか分からないような、貧弱無能生命体なのだ。


「か、賢いってどんなだ?」

「僕たちの姿を見るなり背中を向けて逃走。逃げた先には低身長じゃなきゃ通れない障害物が組んであった」

「マジかよ」


 状況判断も建築もできて、あらかじめ逃走ルートを用意する計画性まであるだと。

 思わずユエと顔を見合わせた。俺たちより遙かにダンジョン経験の長いユエですら、驚きを隠せない様子でいる。


「流石にありえん。ドワーフだぞ」

「ところがどっこい。ちゃんとドワーフだったんだよ。一緒に行動していた薩摩クランの人たちも驚いていたから、本当に異常事態なんだと思うな」


 知性あるドワーフか。

 確かに王権を持つモンスターよりも興味深いかもしれない。


「結局そいつは逃がしたんだな?」

「逃げられた。でも、さらに面白いものを見つけたよ」

「あん?」

「オークとアラクネが一緒に行動していた。それも3対3の群れでね」


 オークはあのオークだろう。

 アラクネというのは、顔から胸にかけては人間の女性に酷似しているが、それ以外の体のパーツのどこかしらかが蜘蛛になっているモンスターだ。かなり深い階層で、狭い範囲に密集して営巣しているイメージがある。

 アラクネが営巣地帯から移動するのも変だし、オークと一緒に行動するのはもっと妙だ。


「九州の地下で何が起きてんだ……?」


 思わず呟いた俺に、隼人がにっこりと笑いかける。


「それを調べるのに、手を貸して欲しいんだ。興味は持ってもらえたかな?」

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