第138話 吹っかけ

「あああああああああ!?」


 階段から上がった瞬間、思わず大きな声が出た。


「どうした!?」


 焦った様子で山里が俺の前に飛び出す。が、何も起きていないので、首を傾げながら振り返った。


「日差しが気持ちいい……!」

「草かよ」

「樹だが」

「どっちでも変わんないだろ」


 それもそうだ。

 光合成しているのか知らねえが、ひなたぼっこレベル100だな。本当に清々しい気持ちよさがある。


「まずい。めっちゃ世界樹が元気になりそうで体に良くないと分かっているのに、気持ちよくて止められない……!」

「やめなよ」


 スイが冷静な言葉とともに、頭の上からビニールシートを被せてきた。全然前が見えない。


「魔法で運んであげるから大人しくしてて。ユエも入りなよ」

「あぁぁぁ……」


 こっそり日差しを満喫していたらしいユエが、名残惜しそうな声をあげながら、ヒルネに捕まえられてブルーシートに放り込まれた。

 ふわりと体が宙に浮く。それこそユエと戦ったときに、トウカがしてもらっていた魔法だな。俺たちは犯罪者の護送のような絵面で、エルフの里の拠点まで運ばれることになった。


 日が沈んでようやく自由の身になる。待ちわびた水浴びでようやく泥と血と煙臭さを落とした。

 それから昼夜逆転しつつ数日間拠点で体を休める。

 大樹の枝の上。月夜を背景に、ホログラムの支部長ちゃんに話しかけた。


「俺のドローンが落とされたのは、ある意味で僥倖だったな。内緒話し放題だ」

『今回ばかりはそうですね。案の定、外交的な問題が発生しています。事前交渉で妥協点を見つけられれば良いのですが』


 口ではそう言いつつも、支部長ちゃんの表情にはどこか余裕があった。


「向こうさんはお怒りかい? それとも?」

『恐縮を隠した尊大、とでも言いましょうか』


 面白いことを言う。


『どちらかと言えば、迷惑をかけたのは向こうですから。ロボの一件より、国内では貴方を英雄視する人が増えています。それをダンジョン内で襲撃したのですから、本来は日本が遺憾の意を申し入れるところです』

「なまじ撃退出来ちまったから、話がこじれたか?」


 支部長ちゃんは少しだけ眉を寄せる。


『撃退というより殺害でしょうか。いえ、既に死亡していたと思われるので、そこが非常に話をややこしくしています』

「向こうとしちゃ認めたくねぇだろうな」


 自国の英雄がモンスターに成り代わられていて、しかも他国の探索者を襲った上に負けた、なんてな。


『その点に関しては、未だ思惑の統一が図れていない印象を感じます。認めたくない勢力と、逆にマーリンないしはモーガンに謀殺されたとして、責任の所在を明確にしたい勢力がいるようです』


 強気に来ないなと思ったら、内部の統制が出来ていなかったか。

 英雄の死というのは、それほどに衝撃がデカかったのかもしれねえな。


『後からなんとでも言い出すでしょうから、安心するにはまだ早いでしょうけどね。幸いなことに、本件に関しては日本政府が強気に出ています。英国の英雄以上の力を貴方が示したことで、価値が認められたと言っても過言ではありません』

「価値ねぇ」


 今さら他人に、ましてや顔も知らないお偉いさん方に認められたところで、嬉しくもなんともない。が、外圧から守ってくれるというのであれば、その評価はありがたく頂戴しておこう。


『ダンジョンは、地球から失われたはずの植民地になり得ますから』


 思わず真顔になる。

 その方向性を考えて来なかったわけじゃない。いや、むしろ開拓に対しては無関心よりの賛成の立場でもあったし、今いるエルフの集落は、外から見ればまさに植民地の成功例と言えるだろう。

 だが。本格的に世界がダンジョンの植民地化を進めたとき。カルカやブランカ、キーティアが奴隷的待遇を受けたときに、俺は黙って見ていられるだろうか。


『思うところはあるでしょうが、また今度考えましょう。少なくとも政府には貴方を守る意思があり、英国側の要求は簡素なものに落ち着いています』


 俺が世界の敵になるかもしれない。その可能性は、支部長ちゃんも薄々感じているようだった。だが、個人的な懸念は口にせず、綺麗に先送りにする。まさに大人の手本だな。


『モーガンの身柄の引き渡し。エクスカリバーの引き渡し。そして渡英して式典に参加することです』

「エクスカリバーが返ってこねぇことは向こうも承知してるんだろ?」

『渡英を確実なものにする為に、あえて断らせるための要求をしたのかもしれませんね』


 なるほどな。

 アーサーはもういない。であれば、その代用品を取り込もうとしているのか。あるいは、純粋に友好関係をアピールしたいのか。

 アーサーの王権を継ぐ以上は避けられないものだろうが、今じゃねぇな。


『賠償と対価に関しては、金銭的なものが提示されていますが……』


 今さら金じゃねえんだよな。

 俺がゆっくりと首を横に振ると、分かっているという風に支部長ちゃんが頷く。


『世界樹のこともありますし、情報と技術を供与させるのが良いでしょうか』

「そうだな。交渉の着地点を探りてぇ。思いっきり吹っかけてくれ」

『青ざめるくらいにしてみます』


 頼もしいな。今回は日本政府がバックについているからだろうか。


「モーガンは渡して構わねぇ。渡英に関しては条件次第だな。向こうが差し出す対価次第で、どれくらい本気か読める。エクスカリバーは自分たちで取りに行けと伝えてくれ」


 本来であれば、ダンジョンから出した時点でモーガンは不法入国扱いになって、入管経由で英国に送り返されてしまう。だが、俺たちにはエルフの里という、実質無法の拠点があるからな。

 半永久的に拠点に放り込んでしまえるからこそ、向こうも交渉を焦っているのだろう。


『承知いたしました。では、無事の帰還を願います』

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