第137話 友情の証

 帰還する前に、荷物を整理していく。

 落とされたドローンは、俺ヒルネ喜屋武の3つだった。ついてねえな、本当に。

 他のやつらのドローンも大なり小なり傷を受けており、豪雨や土砂の影響を受けていそうで不安が残る。できるだけ積載量は減らしておきたいところだ。

 とりあえず調理用の鉄板だの、必須じゃないものは全部メガネに押しつけた。


 仲間達に片付けを任せ、ヴリトラを眺めるカルカの元に行く。


「よお、カルカ。どうしたんだ?」

『ナガか。色々と思うことがあってな』

「守ってくれねえ守り神のことか?」


 カルカはシューッと息を漏らす。なんとなく、人間の溜息と同じようなニュアンスを感じた。


『そうだな。それに――他種族と手を取り合うには、あまりにも大きな障壁となる』

「そうか。俺たちとの冒険は楽しかったか?」

『悪くなかった。一時の友情で終わるには惜しい』


 茶化すように訊くと、思いのほか真剣な声が返ってくる。俺も真顔になった。


『いつか――いつか解き放たれたときには、我らも真の王を戴きたいものだ』


 カルカの目がじっと俺を見つめる。俺より高い位置から見下ろされているのに、その心の内は同じ高さにあるように感じられた。

 なんだかな。

 お前ほどの男まで期待するか。そこまで大したもんじゃねえというのに。


「守り神とは違うぜ?」

『良い。次は俺が前に出て戦おう』


 そうだな。それがいい。

 腰に提げた鞘からエクスカリバーを抜く。手の中で一度回してから、それをヴリトラの巨大な鱗に向けた。


「一度くらい、力試しでもしてから帰るか」


 全身にゆっくりと力を漲らせていく。ひりひりと神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。何かし始めたことに気づいたのか、無言で見守る仲間達の視線が背中に刺さっている。

 体の中心に、人狼たちの想いを感じる。それを核として包むように、うっすらと、様々な種族たちの気配が纏わり付いていた。遠く離れた場所から、アーサーに託されていた想いの残滓も流れ込んでいる。

 痛みの残る右手が、自壊してしまいそうなほど強く聖剣の柄を握りしめた。


 全てを力に変えて。

 掠め取ろうとする世界樹の苗すらも従えて。


 渾身の一突きを放った。

 置き去りになる景色の先で、聖剣の切っ先が見えない障壁を切り開いていく。凄まじい抵抗感の先に、極めて堅固な何かを打ち破った開放感があった。

 がつん、とおよそ剣が奏でるとは思えない音が鳴った。


『――刺さった』


 カルカが息を飲む。

 血が流れるほどに強く握っていた手を離す。エクスカリバーは、不可侵の防御を謳われていたヴリトラの鱗に深々と食い込んでいた。

 なんだよ。傷つけられるじゃねえか。

 その巨体には小さすぎたか、ヴリトラ本体はいささかの痛痒も感じていない。その証拠に、みじろぎ一つせずに寝こけていやがる。


 だが、傷を負わせることは出来た。

 絶対に、何が何でも殺せない相手じゃないってことだ。

 今の俺たちには無理でも、きっといつか打破する手段はあるはず。


 俺はカルカを見上げた。


「いつかこのエクスカリバーを取りに来る。そしたら、また殴り合いでもして遊ぼうや。次の宴は蛇の肉だな」


 どうせ地上に戻れば、なんやかんやと理由をつけられて取り上げられるだろ。それなら、ここに約束の証としようじゃねえか。

 カルカは手で目を覆い、絞り出すように言う。


『――いつの日か。待っているぞ。そのときも、俺が前で戦うと誓おう』

「ははは、勝ったな」


 半神?

 知るか。いつかは勝てるだろうさ。あんなにも強かった偽アーサーを倒し、マーリンを撃退し、巨竜だって喰った俺たちなんだから。

 カルカが空に吼える。リザードマン達が興奮した様子で、吼えながら跳ねた。


 オッオッオッオッオッオッオ!!


 腹の底に響くようなリズムに見送られ、俺たちは地上を目指し出発する。これ以上の言葉は余計な気がした。あとは行動で友情を証明するだけだ。

 スイが俺の手を持ち上げる。


「まーた無茶した」

「帰り道の戦闘は任せたぞ、新たな女王サマ」

「いいよ。任せて」


 やけに大人びた表情でふっと笑った。

 子どもの成長は早いってことなのかね。


 ブランカを手招きして呼び寄せる。


「お前はメガネのところにいろ。また地上に戻れば問題が起きる。っつーか、怨恨は残っている。まだ人間はお前達を受け入れられないだろうよ」

「だろーね」


 少し不貞腐れたような表情。心から納得は出来ねえだろうな。

 人狼との出会いは、人間にとっても痛みが大きかった。ましてや、犠牲者と同じ顔をした加害者がいることに、普通の人間は耐えられない。

 ブランカには、その苦しみと憎しみを想像することはできないだろう。それが、他種族というものだ。価値観も違うし、互いを尊重し合う気持ちも足りていない。


「人間もまだ人狼を受け入れられないが、お前らも人間を身内と思うにはまだかかるだろ。なら、もう何者なんだか分からねえメガネのところで、ほんのり人間に慣れとけ」

「……分かった」


 不承不承といった様子で頷いた。


「おいおい……あの拠点をなんだと思ってんだァ」

「なんでもアリな便利な場所だろ。花火大会やるならあそこだな」


 押しつけられたメガネは舌打ちをする。そもそもお前らの存在が混沌の象徴みてえなところあるからな。

 疲れた体をリザードマンたちの声に押して貰いながら、俺たちは鉛色の雲が立ちこめる地下41層を出た。

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