第136話 肉

 ドラゴンの肉。

 数多の創作作品に登場し、美食の最高峰として描かれる存在。

 だがなぁ。深層で食べた草食竜種は、そこまで美味いとも思わなかったんだよな。調味料一切ない状態で食べていたからかもしれないが。


「どうするの?」


 切り分けられた肉の状態で、牛丸ごと一頭よりも大きい。流石に扱いが想像できないのか、スイも困惑の声をあげた。


「丸焼きですかー?」

「焼けますか?」


 うきうきした表情のヒルネに、トウカが疑問を呈する。

 いやぁ。このサイズを丸焼きにするの、たぶん丸2日はかかるぞ。あんまりデカいと味付けも出来ねえしな。


「全員分を料理すんのも無理だ。各自、自分が喰いたいサイズで切り取って、好きに調理して食うスタイルでいいんじゃねえか?」

「投げやりだね」

「疲れてんだよ。それにリザードマンは焼くより生の方がいいだろうしな」


 テントの横手で話している、山里とカルカの方に目をやった。お互いに傷だらけになった武器を見せ合って何やら楽しげに話している。

 いつの間にか綺麗なブルーシートが敷かれ、その上に肉塊がどしんと乗せられた。

 ナイフを抜いて、表面を薄く削る。脂肪の層の下から、つやつやと鮮やかな赤色が顔を覗かせた。


「ふーむ? 思ったより赤いな」

「どういうことだァ?」

「いやな。爬虫類系と同じように、もっと薄いっつーかピンク色の肉だと思っていたんだがな。それこそ鶏肉みたいな」

「なるほどなァ。確かにそんなイメージはあるがァ……」


 メガネは微妙な表情を浮かべた。さてはダンジョン生活始めたばっかで、いかにも食えそうな哺乳類っぽい見た目のモンスターしか食ってねえな?


「これは飛竜だからかもな。運動量が多いタイプの動物なんだろ」


 筋肉の色が濃いのは、基本的には長距離を移動し続けるタイプの動物だ。あんまり動かないタイプの動物――狭い縄張りを維持したり、待ち伏せ型の狩りをするような動物は、筋肉の色が薄い傾向にある。

 少しだけ生の状態で口に入れてみた。咀嚼するのを近くの奴らがじっと見守る。


「なんだ……赤身は馬肉っぽいが、脂がすごい溶けやすいな。脂に関しては魚が近いか。美味いじゃねえか」


 俺の言葉に全員の表情が明るくなった。美味そうと分かれば、全員が意気揚々とそれぞれの焼き場の準備を始める。

 この場にいるのは、全員が探索者なり戦闘種族だ。野外炊飯はお手の物。濡れない台座を組み立てて火を起こすところまで、あっという間に進んでいく。


「ナガー。うちはどうする?」

「ステーキは確定で、あとは鉄板系で適当に?」

「おっけー」


 冷えた鉄板にオリーブオイルを多めに流した。真空パックに入れられた剥きニンニクと、房ごとのローズマリーを置いてから、火をおこす。冷たい状態から、じっくりと加熱されていく。肉を焼く前から食欲をそそる香りが立ち上った。

 きつね色になったニンニクを端に寄せ、厚めに切ったステーキ肉を置く。じゅーーーっと焼ける音がした。


「さて、どんぐらい焼くかね」

「ウェルダンにいたしましょう。マーリンが使役していた竜です。世界樹の苗が含まれていてもおかしくありません。というか、ダンジョン深層のモンスターの肉は絶対によく焼きましょうよ」


 トウカが至極当然のことを言う。

 俺とユエは感染済みとはいえ、量を増やすわけにはいかない。仕方なくよく焼きだな。

 カルカはそんなの知ったことかという様子で、生でばりばりと喰っていた。羨ましい。

 焼き上がったものを鉄板の上で切り分ける。他のところでも焼けた肉が分配されていた。

 俺は集まってくれた全員に向けて声を張り上げる。


「よーーし! 酒はねえ、足下も悪い。んでもって近くにはヴリトラが眠っている。最悪の環境だが、まずは勝利と救援への感謝を込めて!」


 肉を刺したナイフを掲げると、全員が適当な手に持っているものを掲げた。

 切り分けているとはいえ大きな肉にがぶりと食らいつく。肉そのものは固いのに、じゅわっと脂が溢れ出す。肉の旨みの本体は脂なんだと感じさせる、強烈な味わいだ。

 これまでに喰ったどんな爬虫類とも違う。もしかすると、臭みを抜いた鯨肉が近いのかもしれない。重たい美味さだ。口の中が、肉の味一色に染め上げられる。

 生肉も美味いが、火を通すとまた違った濃い味わいになるもんだな。


「あー、労働の対価って感じだぁ……」


 しみじみと喰う山里に、トウカが笑った。比嘉が目を見開いて山里を見つめる。おっさん臭い言葉に笑っただけだろ、身内で嫉妬すんじゃねえ。


『大きな群れの長をしているのだな』

「い、いや。エルフは率いてるワケじゃァねェな。どっちかってェと、ナガの配下だァ」

『ふむ。群れの中にあるファミリーの長といったところか』

「下位団体っつー意味かァ? そう言えるかもしれねェな」


 カルカがメガネに話しかけている。見るからに強いことが伝わる威容に、ちょっと引き気味なメガネの様子が普段と違って笑えた。


「王よ。捕虜が飯を食おうとせん」


 ユエがテントの奥で縛られているモーガンを指さす。


「いいよ、あれは。放置しようぜ。限界まで腹が減れば喰うだろ」

「そうか? 価値観の芯が折れた者は、ときとして食事を前に餓死するぞ?」

「それまでに地上に連れて行けば流動食ぶちこめる」

「非人道的だ」


 モンスターに非人道扱いされてしまった。

 俺たちのやり取りを聞いていたシャベルマンが、肉を山盛りにした皿を持ってモーガンのところに向かう。ちゃっかり自分用に大きな肉を咥えている姿が、ゴールデンレトリバーみたいだ。

 もごもごしながら何かを言うと、それを聞いたモーガンが陰鬱な表情ながらも肉を食べ始めた。

 なんかあそこに、妙な関係値が生じている気がする。


 ぐるりと周囲を見回す。

 スイとユエがじゃれていた。トウカに何を言われたのか、山里が顔を手で覆って天を仰ぐ。金城が怒れる比嘉の肩をばしばし叩いて引き剥がした。カルカ相手に若い魔法使いがメガネのことを自慢している。リザードマンとエルフが泥を手で掬って見せ合い、不思議な交流をしていた。仲良くなれたら良いな。

 ずいぶんと年寄りがいると思ったら理事じゃねえか。自分の方が汚れているのに、泥を浴びたエルフの顔を布で拭いてやっている。馴染んだやつもいたのか。

 視界の真下からヒルネがにょきっと顔を覗かせる。


「どうしたんですかー?」

「いや……なんか、楽しそうだなってな」

「楽しいですねー?」

「ああ」


 これが勝者の特権だ。勝ち続けなければいつかは失われてしまう景色でもある。

 ただ、今ここにこの風景があるのは、俺たちが勝ち続けてきたことの証左なのだろう。


「背負うのも、悪くないな」


 思わずそんな言葉が口からこぼれた。

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