第135話 猫の手

「おうおう、作業はえーな」


 運動会で使われるような、仮設のテントの下。パイプ椅子に座り、作業する牡羊の会連中を眺める。

 足下にはブルーシートが敷かれ、若い魔法使いが座りながら俺の手に回復魔法をかけていた。背後では仲間達が他の魔法使いたちに手当を受けている。


「うっす。これ、地上戻ったら手術必須なんで、サボらず病院行ってください。骨が複雑に折れてるんで、潰れた筋肉だけ治してんすよ。病院でちゃんと骨継いでください。しばらくは物掴んだりもダメっす。ずれた骨が筋肉とか神経に刺さります」

「すまねえな。助かる」

「オヤジの恩人だと思ってるんで」


 若い魔法使いは白けた顔で平然と言ってのける。メガネについてダンジョンに潜っただけあるな。何かしらの芯がありそうな気配を出していた。


「愉快な頭してるクセにィ、人をアゴで使いやがって」


 俺の横にパイプ椅子を置いて、メガネがどかっと座った。錆びた関節部分の軋む音がする。


「てめえこそ仲良しみたいな場所に座るんじゃねえよ」

「勝手に一番作業がァ見やすい場所に陣取ったのはてめェだろうがァ」


 そりゃあ自分たちの手柄だからな。きちんと見守るさ。

 俺たちの視線の先では、牡羊の会にエルフとリザードマンという、3種族が協力して竜の解体に励んでいた。

 多種多様な道具を持ち込んだ牡羊の会、魔法でアシストできるエルフ、体格と膂力に優れたリザードマンの相性が良いのか、巨大な竜がみるみるうちにバラされていく。


「エルフは拠点から離れて大丈夫なのか?」

「本体の木から抽出したモンを注射でぶち込めばァ、行動範囲が広がることがわかった。注射器が割れりゃァ終わりだ、戦闘には向かねェが……こうした作業には駆り出せるゥ」

「科学との融合って感じだな」


 不便を便利に変えていく。なまじ能力が低いからこそ、創意工夫を凝らす。もしかすっと、それが人間の強みなのかもしれねえな。


「……地上は大騒ぎだァ。どうするつもりだ」


 メガネが声を低くした。

 こいつらも配信を見ていたらしい。戦闘中に助けに来なかったのは、合理的な判断によるものか、それとも思うことがあるのか。どっちにしろ、助けに来ない方がこいつららしい。


「どうするも何も、普通に帰る。そんで、またダンジョンに潜るだけだ」

「出来ると思ってんのかァ?」

「やるさ。次は世界樹の伐採でもしてやるよ」


 やらなきゃならねえんだ。

 世界樹の苗は、もはや俺だけの問題じゃない。仲間達も感染してしまっている以上、早急に向き合わなければいけない、最優先の課題になっていた。

 それに。

 頼みの綱にしていた世界樹を超えることで、マーリンも何かしら変わるかもしれねえからな。


 メガネは小さく溜息をつくと、緑の葉で巻かれたジョイントをくわえて火をつけた。めちゃくちゃ違法な感じするけど大丈夫か?

 すーっと細く煙を吐き出す。バニラのように甘い匂いが流れた。


「英雄にでもなるつもりかァ? それともォ、もうなっちまったのか」

「英雄気取りだと思うか?」

「そうだろォが」


 英雄ってなんなんだろうな。

 目の前の問題に必死で抗って。そうしたら新しい問題が残って、それに抗って。目の前の戦いを生き延びることを繰り返しているだけなのに、振り返れば色んな人が背後についてきている。

 アーサーもそうだったんだろうか。

 出会ったときには既に死んでいた英雄。どんな人間だったのかも、俺は知ることが出来ない。


「別に崇高な自己犠牲の精神なんざ持っちゃいねえはずなんだがな」


 メガネはつまらなそうに鼻を鳴らした。俺に負けたくせに態度でけえなこいつ。頭に葉っぱが生えているせいでナメられている気がする。

 ペットボトルを左手でとり、メガネに差し出した。


「あん?」

「フタ。開けてくれ」


 メガネは嫌そうな顔でフタを捻ってから渡してくれた。

 一口含んで、思わず叫ぶ。


「えええええええええ!?」

「うるせェ! なんだよ」

「うまぁぁぁい!?」

「はァ?」


 水が美味い。なんだこれ。味はないはずなのに、異常に美味しく感じる。肉体労働の後、真夏の太陽に照らされながら飲むビールよりも美味い。


「なんだなんだ、王よ。騒がしいな」


 治療の必要がなかったユエがとことこ近づいてきた。


「水が美味いんだわ。お前も飲んでみろよ」


 ユエの口にペットボトルを押しつけて飲ませると、ユエも目をカッと開いた。


「なんだこれぇええ!?」

「騒がしいけどどうしたの?」


 がぶがぶと水を飲むユエからペットボトルを取り上げて、スイが言う。治療は終わったようだ。

 今回は傷が浅かったからか、痕が残っていないのが不幸中の幸いって感じだな。


「絶対に世界樹のせいじゃん。あんまり植物が喜ぶようなことするの良くないよ」

「水飲まないのは無理だろ」

「ほどほどにしておこうね」

「正論であるな……」


 ユエは名残惜しそうにスイに没収された水を見送った。

 いつの間にか作業現場でちょろちょろしていたヒルネが戻ってくる。会ったばかりの頃から思っていたが、地味に体力バケモンなんだよな。


「おっきなお肉とれましたよ! 食べましょー!」

「もうそんな作業進んだのか」


 あのサイズの肉食型の竜種を食うのは俺も初めてだ。心躍るな。

 数人のエルフが魔法で浮かせて持ってくる巨大な肉塊に、テントで休んでいた全員が腰を上げた。

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