第134話 厄ネタ

 勝利の宣言に、仲間達が弱々しくも同じように拳を掲げた。

 血の雨が降り止む。その先にあるのは相変わらずの曇天だった。勝ってもまだスッキリしねえな。


「カルカぁぁぁあ!」


 まだこの場にいない仲間の名前を叫ぶ。数秒遅れ、地面が盛り上がり見慣れた頭がひょこりと飛び出した。

 口の端にはぐちゃぐちゃに潰れた肉片がぶら下がっている。ずっとデスロールしてたのかよ。


「どうなってる?」


 マーリンの生死を問う意味を込めて尋ねた。カルカは少しばかり首を傾げてから、ぱかりと口を開く。血みどろの口内には、引きちぎられたマーリンの脚が収まっていた。

 舌と喉が動き、そのままごくりと飲み下す。


「おいおい、大丈夫かよ。世界樹の苗は?」

『どうしようもない。引き千切れたであろうときに、気持ち悪いものが喉の奥に入ってきた』

「寄生済みか。なら仕方ねえか」


 起きちまったもんは仕方ねえ。

 カルカも複数の王権を持っているはずだ。今は平気そうだが、おいおいのことを考えると、彼も何かしらの対応が必要になってくるだろうな。


「で、殺せたか?」

『不明だ。千切れてからずっと地中を探していたが、生体も死体も見つからん』

「やっぱ逃げられたか」


 もともと瞬間移動に近しい能力を持っていたんだ。逃げられても無理はないと思っていた。


「空で殺せていれば」


 スイが悔しそうに言う。そんなこと、という言葉は飲み下した。身動きも取れない状態で守って貰っていた身で言えるものじゃねえ。


「総力戦だった。俺らが生きてるだけでいい」

「でも、ナガが……っ!?」


 俺の方を見たスイが両手で口元を押さえた。吐き気をこらえるとかではない。目が笑っている。


「うう、全身痛いですー。勝ったんで……っ!?」


 ヒルネも凄まじい速さで後ろを向いた。


「えぇ、何があったんですか?」


 そう訊きながら、気絶している比嘉を担いでトウカが現れる。俺と目があった瞬間に、比嘉の体で顔をガードした。


「なんだお前ら、ひどくねえか? 何があったんだ?」


 自分の顔をぺたぺた触ってもわからない。ただ、泥とヒゲでごわごわした感触が返ってくるだけだ。

 そこにユエがとことこ歩いてくる。その姿を見て思わず笑ってしまった。頭の上に、ぴょこりと双葉のように葉っぱが生えている。ピ○ミンかよ。


「なにを笑う、王よ」

「いやすまねえ。俺を助けてくれたからってのは分かるんだが……」


 面白すぎだろ。


「お揃いだろうに」


 ユエが頬を膨らませる。

 ――今なんつった?


「お揃い?」

「王の頭にも生えているぞ」


 慌てて頭に手をやる。かさり、と葉に触れた感触。


「こいつかあああああああ!!」


 俺の叫びに、堪えきれなくなったスイが大笑いした。足下がどろどろだというのに、ついには地面に膝をついて腹を抱えて笑い続ける。

 ついにはヒルネとトウカまで開けっぴろげに笑い出した。

 俺はなんとも言えない顔で見守ることしか出来ない。


「良いではないか、王よ。私も同じだ」

「お前は見た目ガキンチョだからどうにでもなるだろ」

「すぐに元の姿に戻る予定だから困るぞ」


 予定ねえ。なんだかんだで力を使いまくっている以上、その予定はだいぶ先になりそうだな。

 金城と喜屋武に肩を支えられ、山里とシャベルマンもやってくる。俺の顔を見るなり笑い出した山里は、傷が痛むのか涙を流して悶えていた。一生苦しんどけ、マジで。なんでシャベルマンは寂しそうに自分の頭を撫でてんだよ。


 俺は大きく溜息をついてから、全員に言う。


「とりあえずは一見落着ってとこだが……後始末がとんでもねえな」


 俺たちは戦ったら宇宙に帰るヒーローじゃねえ。


 体は傷つき、世界樹の感染は広がって、殺しきれなかった敵は暗躍を続けることだろう。

 リザードマンの集落は滅んだ。カルカはこれからもヴリトラという巨大な運命を背負ってダンジョンで生きていく。英国は勇者を失った。これが彼の国に、そして日本に影響を与えないはずもない。


 ブランカの存在だってそうだ。彼女は俺にワーウルフ達の命運を委ねた。それを背負って戦いに勝利した俺は、彼女たちの命に責任を持たなければいけない。

 だが、ワーウルフによって奪われた命だってあるんだ。その恨みは俺に向けられるのだろう。


 安堵。熱狂。崇拝。羨望。嫉妬。怨恨。

 戦った俺たちだけではなく、戦いを見守った全ての人間に感情があり、そして発言と行動の自由を持つ。


「王サマならさー、まずは戦利品の分配じゃない?」


 疲れ果てた表情のブランカが、モーガンの襟首を掴んで引きずってきた。モーガンはすっかり生気の抜け落ちた顔で、ぶつぶつと何かを呟いている。壊れたか?


「戦利品な。そこの竜とこの聖剣くらいか」


 エクスカリバー。これも厄介な代物だよな。

 万物を切り裂く聖剣。本物かは知らねぇが、少なくとも英国を代表する聖剣の名で「呼ばれている」。この呼ばれているっていうのが問題なんだよな。通称であれ、やがてそれが本質だと多くの人間が誤認していく。

 いつの日か領土問題のように、これを取り返そうと国家間の揉め事に繋がるのは想像に難くない。


「よし、山里。剣ボロボロだろ? 新しい聖剣は欲しくないか?」

「やめろ、いらねえ!!」


 だよな。

 ただ活躍からして、聖剣の1本くらいは正当な報酬だとも思うんだが。欲のないこった。


「全員応急処置しか出来ていないので、まずは休みたいところではございますが……」


 トウカの言葉にも一理ある。

 戦闘後のアドレナリンでみんな笑えちゃいるが、戦い続けで体の芯にまでダメージが積もり重なっていた。


「そうだな。戦利品の分配作業も含めて、救援を要請する」

「救援? 近くに探索者いるの?」


 おいおい、みんな忘れてんのか?


「いるだろ。近くで拠点作ってるバカどもが」


 俺は奇跡的に破損していなかったスマートウォッチで、メガネに連絡をとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る