第133話 ナガの帰還

 咆哮に乗せる。ありったけの感情と、存在証明を。

 打ち破る。全身の支配を取り戻せ。俺は俺だ。


 屈辱だ。

 軋む体を強引に動かした。錆び付いた歯車を力尽くで回す。詰まった管に息を吹き込め。死んだ細胞よ、ここに還れ。


 頭に来た。

 自分の不甲斐なさに。好き放題やられている状況に。


 体の中で好き放題やっていた世界樹の苗と、主従が逆転した気配がした。これまで体を縛り動きを阻害していたはずの繊維が、俺の意志に沿って自由自在に伸縮する。

 エクスカリバーを手の中で何度か回した。鋭い刃の先には赤い竜。でけえな。


 ユエの頭を軽く撫でる。嫌そうに頭を振りながら離れやがった。微妙な気持ちになって自分の手を見たら、泥やら血やらの混沌汁でドロドロだ。すまん。


 皆の戦いは見ていた。

 全員がボロボロになったり、得体の知れないものを体に取り込んだりしながら、俺の立て直す時間を作ってくれた。


 軽く屈伸するように体を動かしてみる。だいたい今の身体能力は把握した。ガサガサと鳴る葉がうるせえな。除草剤飲んでやろうか。

 スイと目が合った。目の端が光を反射し、きらりと光っている。

 口元にうっすらと残る白い線。ロボに刻まれた傷が治ったときに、少しだけ皮膚が白くなってしまったもの。


 苦労ばかりかけてしまっているな。

 ちゃんと終わらせるから、もう一つだけ手伝ってくれ。


「スイ、飛ぶぞ。打ち上げてくれ」


 スイが頷く。

 両足に力を込めて跳躍。その瞬間、真下から押し上げるように強烈な上昇気流が吹いた。完璧なアシストだ。

 ロケットのように打ち上げられ、巨竜の頭上へ。瞳孔が縦に裂けた目が俺を見上げた。


「よお、急に呼び出されて災難なこったな」


 飼い主不在で戦場に取り残されて戸惑っちまってるじゃねえか。好戦的に突っ込んでくれば、あっという間に地上を地獄絵図に出来ただろうに。


「詳しくねえが……エクスカリバーって竜殺しの剣だったか?」


 右手で大きく剣を振りかぶり、左手を竜の頭に伸ばす。大型バスを一飲みに出来そうなサイズ感だ。俺が持つちっぽけな剣なんかに脅威も興味も感じない様子でいる。

 落下の勢いを乗せて、鼻先に輝く刀身を突き刺しながら着地。そのまま切り裂きながら竜の顔面を駆け上がった。眉間まで真っ直ぐ一筋の線が刻まれる。


 嫌がるような仕草で暴れだす竜。ツタのように伸びた手足の先を竜の鱗に引っかける。左手と両足で竜の表面を這いずり回りながら、がむしゃらにエクスカリバーで表面に傷を刻んでいく。

 どれだけ浅い傷だとしても、それが全身に及べば耐えられねえだろうが。


 不快そうに吠え、宙で身をくねらす竜。無策で落ちれば即死の高さだが、スイのカバーがある限り大丈夫だ。

 竜の体が大きすぎるのが完全に仇になっている。潰すことはおろか、俺に狙いを絞ることすら出来ていない。


 竜の体が傾いた。血で濡れた鱗を蹴り飛ばし、空に身を躍らせる。


 鉄の匂いがした。全身に浴びた返り血が香る。なぜだろう、強烈に食欲が刺激されている気がした。

 口内に違和感。犬歯がさらに伸びているような気がする。それと同時に、急に理解した。


「――ああ、なるほど。こう使うのか」


 王権の使い方ってやつを。

 ブランカがくれた王権。ワーウルフの代表者としての力の振るい方ってやつを、体中の全ての器官が思い出す。


「ああああああア゛ア゛アァァァァ!!!!」


 再度の咆哮。その声の質が変わった。より大きく、より低く。

 視界がぐっと広がっていく。鉤爪と鱗の生えた手には2本の剣があった。俺の背中で翼が風を打つ。

 一時的な変身能力。ワーウルフが使う力だった。


 驚いたか。竜の目が見開かれる。


 相手と同じ肉体を手に入れ、膂力でのギャップを埋める能力。今この瞬間において、一番欲しいやつだ。

 だが、翼の動かし方がよく分かんねえな。墜落する前に、竜を落とす!


 翼の先に生えた両手。そこに握る剣を重ねるように大上段に振りかぶった。相手の竜も羽ばたきをやめ、剣を交差させて受け止めようとする。

 全体重を乗せた、力任せの叩き付け。雷鳴のような衝突音がした。受け止めきれなかった竜が、くるくると回りながら落ちていく。


 ざまあみろと叫ぼうとした、そのとき。急に視界が縮まり、一気に体が不安定で頼りないものに戻っていく。


「くっそ、変身時間短いな!?」


 どうやら自由自在にワーウルフの力を使えるというわけではないらしい。あまりにも短い制限時間つきだ。宇宙から来た超戦士だって3分間戦えるっつーのに。

 ぼやく声すら上空に置き去りにして、体が自由落下を始めた。

 地上では、翼の折れた竜が横倒しになって藻掻いている。視界の中央に捉え、狙いを定めた。


「首を落とす! アシストくれ!」


 こちらを見上げようと首をもたげた竜の顔面に、2つの人影が躍りかかる。山里とシャベルマンだ。満身創痍の2人が、それぞれの武器を竜の目に突き立てた。

 風が吹いた。ただ竜の首元に向けて運ぶ、減速なしの攻撃的なアシスト。いいぞ、それで良い!!


 迫る地面。

 そして晒された剥き出しの弱点。

 伸ばしきった片腕で撃ち込む、落雷のような聖剣の一撃。


 エクスカリバーの斬撃なのか、拳ごと敵を潰す打撃なのかもわからない。痛みを伴う破壊が、竜の喉元を抉り飛ばす。

 鮮血が吹き上がった。びくりと竜がのたうち、それから痙攣しながら倒れ伏す。


 降り注ぐ赤い雨。全ての指が変な向きに曲がっている右手を、左手でぎゅっと握る。無理に固めて拳の形にしたそれを、曇天に向けて掲げた。

 息が上がる。浅く吸ったり吐いたり繰り返し、ぐっと奥歯を噛みしめて。クソみたいな痛みを殺して、宣言する。


「俺たちの勝ちだ!!」

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