第139話 凱旋
支部長ちゃんとのメッセージを経由し、水面下で交渉は続く。お互いに妥協できるラインを見つけるにはかなりの回数の交渉が必要になりそうだった。
人質としてモーガンを拠点に置き、ブランカに面倒を見て貰おうとしたところ、思わぬ提案があった。シャベルマンも拠点に残ると言い出したのだ。
「良いのか? 地上と違って不便だし、一時的にだが山里たちと離れることになるぞ?」
シャベルマンは平気そうに頷く。事前に仲間達で話しがついているのか、山里も呆れた顔ながらも頷いた。
「20年来の付き合いだ。1年くらい離れてた時期だってあるからな。それに、俺たちはしばらく休暇に入る。好きにさせていいさ」
「休暇か?」
「装備の破損も多いし、実力不足も目立つ。ちょっと鍛え直したいんだよな」
山里が頭をぽりぽりと掻いた。なんとなく照れのようなものを感じる。
「さてはお前、俺たちについてくるために鍛える気だな?」
「言うな」
きっつ。ありがてえけどさ。
山里たちの戦力は高いが、出来ることと出来ないことがハッキリ分かれる。そして、今回のような相手と戦うとき、それが生死を分けるシーンもあるだろう。
より頼もしくなって合流してくれるなら、本当に嬉しいことだ。
地下25層から先は常に薄暗い。日光の心配がなくなり、俺もブルーシートから釈放される。久しぶりの開放感を楽しんでいたが、あっという間にバギーで通り抜けられてしまった。
「ようやく地上か。短い探索だった割に、かなりハードだったな」
バギーをいつもの場所に駐車する。燃料がかなり減っていた。次の探索前には補給しておかなければいけないだろう。
ハードだったと言っておきながら、もう次の探索のことを考えている。つくづく、俺もダンジョンに染まってんな。
命懸けで、危険で汚くて、望まずに長年閉じ込められていた。それだというのに、ダンジョンをどこか自分の居場所のように感じている。
埃臭くて、蒸していて、風呂もビールもないってのにな。
ダンジョンの出口となる階段を見上げた。
登り切ってダンジョンから出ることに、少しばかりの感傷を覚える。
きっと、あまりにも多くの出会いがあったからだろうな。
「今回もギリギリだったね」
スイがふっと笑う。その横顔が頼もしい。
「王の探索はいつもこんなに危険なのか?」
「命の危機のうち1回はお前だよ」
ユエの頭に生えた葉っぱだけを引っ叩いた。
仲間達の笑い声に包まれながら、差し込む光の中へ足を踏み出す。薄暗い世界から、清潔で明るくて、どこか疎遠だけど暖かい世界に。
出入り口付近には多くの観衆が集まっていた。探索者もいれば一般市民のような出で立ちの者達。俺に殴られたメディア関係者もいれば、マーリン達の関係者と思われる外国人の一団もいる。
支部長ちゃんの近くには蓮と康太もいた。
待ちわびた様子の彼らに見せつけるように、拳を掲げる。
歓声が沸き立った。
今回の戦いがどんなものだったのか。何のために、何者とどんな戦いをし、何を勝ち取ったのか。正確に理解している人たちは少ないだろう。だが、この場に集まる者達の顔には確かに熱狂の色がある。
「なるほど、これが王か」
思わず呟きが漏れた。
「そうだ。これが王なのだ」
ユエが頷く。真面目ぶっても葉っぱ生えてんぞ。俺もか。
きっと彼らは俺が何と戦ったかなんてどうでもいいのだ。なんか世界の危機がどうたらで、彼らの代表者たる俺たちが勝利を収めた。ただその一点だけでお祭り騒ぎに値する。
そして、その勝利の栄光をともに掴むために、命運すら懸けられる。
理解も納得も些末なことなんだろうな。小さな理由のために俺たちが命を懸けて戦うのと変わりはねえ。
「無事の帰還と勝利を喜び申し上げます」
心なしか恭しい態度で支部長ちゃんが声をかけてきた。まるで他の誰かにアピールするような振る舞いだ。
英国の外交官だかダンジョン関連の担当官か知らないが、盛り上がる群衆を恐れるようにこちらを伺う団体さんに目をやる。代表者らしき男が、厳しい顔でこちらに歩み寄った。
「ありがとう、支部長ちゃん。――帰ったぞ、お前ら! 俺たちの勝ちだ!」
あえて迎え撃つように視線を合わせ、高らかに宣言する。歓声が一層大きくなった。鼓膜を叩く音の暴力だ。怯んだ様子に口の端をにっと釣り上げる。
「俺の家までパレードだ! ついて来い!」
掲げた拳を旗印として、大群衆が俺の後に続いて歩き出す。
事務手続き? 入院? 報告書? 外交問題?
幾らでも掛かってこい。今世紀最大の帰宅に追いつけるならな。
夕焼けの残り火が空の端を照らす中、馬鹿共による馬鹿げた凱旋が始まった。スイたちが肩をすくめる。山里の溜息が聞こえた。
良いだろ?
英雄だと言うなら成ってやる。王だと言うなら王に成る。預けてくる奴ら全員背負って歩いてやるよ。
だから。ついて来い。
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