第127話 悪意の忠臣

 理論、理屈、状況。そういった正確な判断ではなく、組み込まれた本能のような部分から敵対心が吹き上がってくる。手の中の核を強く握りしめながら、ぐっと理性でなんとか押さえ込んだ。


「てめぇ……今までどうやって隠していた?」


 世界樹の苗を大量に保有している相手は、直感で分かるようになっているはずだ。ロボのときがまさにそうだった。

 首を切られても平気なマーリンは、少なくとも俺と同じくらい世界樹の苗を持っているはず。だというのに、今の今まで何も感じられなかった。


「やだなぁ。別に敵じゃないよ。むしろ仲間と言ってもいい。ほら、聞いていないかな? 君たちの救援に来たんだ、私は」

『どういうこと!? 裏切ったの!?』

「ちょっとモーガンは黙っていようか。ね」


 マーリンが指を鳴らした。たったそれだけの動作で、ポピー改めモーガンの頭部が、黒曜石の塊で覆われる。モーガンはじたばたと体をくねらせるが、とても自力で抜け出せそうになかった。

 俺たちは一様に警戒心を深める。

 ユエよりも魔法の扱いが上手いな。詠唱なし、大げさな動きもない。精霊に好かれるなにかしらの仕掛けはあるだろうが、事実として小さなアクションだけで大きな結果を引き出している。


「私は本当に、ただただ純粋に地球の未来を憂いているだけなんだ。そのための方法の1つとして、アーサーに王権を集めて貰っていただけだからさ。アーサーは本当に私たちの希望だったけれど、死んでしまったからね。別の方法を模索しなければいけなかったというのに……モーガンは固執してしまったんだね。それだけアーサーの輝きは大きかった」


 マーリンはつらつらとアーサーがいかに素晴らしい人物だったかを語る。

 誰よりも勇気があり、公明正大で、純粋に強かった。大きな背中、不屈の精神。困難にあってなお、一度も苛立ちを表したことがなく、縋り付くだけの人にも笑顔を向ける。そんな人だったと。


「きっと、君が死んだら、そこの女の子も同じようになるんじゃないかな? アーサーの死は、多くの人を壊してしまったんだよ」


 マーリンの視線を、スイが真っ向から受け止める。

 しばらく見つめ合ってから、マーリンは興味を失ったように目をそらした。


「ねえ、君がアーサーの王権を受け継いでくれないかな?」

「お前に頼まれるいわれはねぇよ」

「英雄には器というものがある。君ならアーサーを超えうると思うんだけどねぇ」

「お前に値踏みされるいわれもねぇんだよ。何様のつもりだ。まずはモーガンの顔の拘束を解け。仲間なのか利用したのか知らねえが、俺はこういうやり方は嫌いだ」

「うるさいから嫌だな」


 のらりくらりと韜晦しやがる。もうこいつ敵で良いんじゃねえか。敵だろ?

 手の中の核から、変な汁が漏れているような気がする。この命を潰している気持ち悪さも苛立ちを加速させていた。


 ブランカの忠誠を受けてから、体の中の世界樹が明確に活性化している。アーサーを圧倒出来る戦闘力を得たのは良い。

 だが、そもそも世界樹の苗は俺の体に寄生している別の生命体だ。これ以上の王権を得て、これ以上に活性化してしまったらどうなるのか。


 エルフのように、世界樹の眷属になるだけで生態が大きく変化してしまった奴らもいる。それなら、世界樹そのものが体の中にあって、人間のままでいられるはずがない。

 考えなしに王権を増やせば、取り返しのつかないことになりそうだ。


「悩んでるね。君がそんな感じなら、私が貰おうかな」


 マーリンが放つ圧が増した。

 手の中の感触が急に硬質なものに変わる。開いて見てみれば、偽アーサーの核があったはずなのに、黒曜石の玉にすり替えられていた。


「てめぇっ……」

「んあ~」


 指で核をつまみあげたマーリンが、大きく口を開く。そのふざけた顔面に、黒曜石の弾が突き刺さった。スイの魔法だ。しかし、それすら気にしない様子で、マーリンは核を丸呑みにする。

 マーリンの肌がメリメリと盛り上がり、樹皮さながらの様子になった。


「うん、ちょっと重たいかもしれない。もう少しでも王権があったら、私も危なかったかもしれないね」


 内側から強い圧力がかかったように、黒曜石の弾が砕けながら抜け落ちる。

 全くダメージを感じさせないマーリンが立ち上がった。

 にっこりと浮かべた笑顔には、今度こそ濃縮された悪意が満ちている。


「まったく。よくよく調べた情報の上では、悪食で向こう見ずで力押しが得意で、自分の安全は省みない。そういう人間だと思っていたのに、存外に慎重だ。長いダンジョン生活で、安全か否かの線引きが上手くなったのかな? それとも本職が斥候だからなのかな?」


 俺は全員に向けて叫ぶ。


「戦闘準備!」

「合図があれば撃てるぞ、旦那!」


 山里パーティーの槍使い兼射撃手の金城が怒鳴る。いつの間にか組み立てられていたバリスタをマーリンに向けていた。元はブルちゃんなりモーガンに撃つ用だったのかもしれない。

 トウカはカルカの治療に当たっていた。正面からの殴り合いで、かなりの傷を受けている。


「本当に戦うつもりなんてないんだけどね」


 ヴリトラの上から飛び降りたマーリンは、地面に両膝をつける。そして祈るような姿勢をとった。


 ――まさか。


「王よ。最前線を駆ける人狼の王よ。勇者アーサーより王権を継いだこのマーリンが」

「とめろぉぉぉぉお!!!!」


 全員の攻撃がマーリンに殺到する。黒曜石が、短剣が、矢が、大槍が、シャベルが。投擲されたあらゆるものを全身に浴びながら、マーリンは唱える。


「仕える王として認める。我が持つ王権、あまねく臣民の命運をナガただ一人に委ねよう」

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