第126話 マーリン
ポピーの悲鳴が響き渡る中、砕けた頭蓋に手を入れる。
本来は脳があるべき場所はすっかり空洞になっていて、触手を生やしたピンポン球のようなものだけが収まっていた。
これが偽アーサーの核だ。逃がさないよう、しっかりと握り締める。
本来のアーサーの中身は既にこいつに食われたか。
壊れてしまった抜け殻に、少しだけ同情心が湧いた。
「どうするの? 食べる?」
スイの質問に少しだけ考える。
ポピーが言うには、この有核種は相当な数の王権を引き継いでいるらしい。それを食らうことで、きっと俺も多くの王権を引き継ぐはずだ。
だが、ユエやロボと違い、この核が持っている王権は、所詮は簒奪されたものだ。俺が戦いの末に下し、彼らの命運を背負ったものじゃない。
「無いよりはマシなんだろうが……」
これで俺自身が強化されるのかイマイチ湧かないんだよな。それに、ポピーの話は全世界に配信されちまっている。これを食うという行為そのものを、世界を背負って戦う決意表明だと解釈する人たちが出てもおかしくない。
ぐっと強く握る。
偽アーサーの動きが完全に止まった。どんな強者でも、致命傷を受けてから死ぬまでは呆気ないもんだ。本物のアーサーがそうであったように。
「ちょっと悩んでることがあってな」
「何?」
「2点だ。まず世界の希望云々って部分」
別に世界の希望を背負うのが嫌だってわけじゃないんだ。
――なんで俺が。俺なんかが。そんなつもりじゃなかった。そんな人間じゃない。重荷すぎる。
そんな風には言わねえよ。
そういう気持ちだってもちろんある。けど、今さらだ。もう自分の命1個だけ背負ってるわけじゃねえ。スイたちの命も、ユエの未来も、ロボの遺志も背負っちまってるんだ。
たくさんの仲間の期待に応えようとした。たくさんの敵の希望を打ち壊した。だからこそ、背負うモノが膨らんでいくことに文句は言わねえ。
けれど、それによって俺にとって本当に大事なものが後回しにされちまいそうで、それが怖い。
1万人の赤の他人と、スイ1人を天秤にかけて戦う日がいつか来るんじゃないか?
それが、それこそが世界を背負うってことなんじゃないだろうか。
「好きにしなよ。背負っても良いし、背負わなくてもいい。背負ってから投げ捨てたっていいよ」
スイの気楽な言葉に、思わず呆れてしまった。
「投げ捨てるのはダメだろ」
「誰かが拾うよ。この人が言うようなことが本当に起きるなら、誰にとっても他人事じゃないんだから」
「流石に現実はそうはいかねえだろ」
「そう? 命を賭けて戦った。戦った結果勝ち取った。だから好きにしていいと思うけどな」
まるで海賊の理論だ。現代の探索者からそんな言葉が出てくると思っていなかった。少しだけ笑える。
「もう一つは、世界樹の苗のことなんだけどな」
そう言ったとき、ちょうどカルカの一撃がブルちゃんの首をへし折るのが見えた。あっちの怪獣大決戦も決着のようだ。
だいたいの戦況が決したというのに、逆にシャベルマンが落ち着きのない動きを見せる。そわそわと周囲に視線を巡らせていた。
「何かいるのか?」
「上です!」
ヒルネが叫ぶ。遅れて、頭上からパキパキと陶器を踏み潰すような音がした。
見上げると、空中に黒曜石のように艶やかな黒色の球体が生み出されている。戦いの余韻もよそに、全員が身構えた。
球体が平たく潰れ、その中央にドーナツのように穴が開く。ヴリトラのせいでどんより曇った空そのものに穴を開けたような、不思議な光景だった。
穴の奥には、明るい草原のような光景が広がっている。
「やぁやぁ、ようやく繋げられたかな?」
若い女の声がした。
朗らかなようでいて、妙にねっとりとした不気味さを感じられる。
ひょこりと、穴の端から顔が覗いた。いかにも魔女風のとんがった帽子。雑に伸ばされた青い髪。元は美人だったのだろうが、痩せて生気のない女性がぬるりとした動きで穴から這い出てくる。
足の多い虫みたいな気持ち悪さがあった。
「えーと……」
穴の端に腰掛け、地上の様子をじっくりと眺める。それから、あっけらかんとした様子で言い放つ。
「もう終わっちゃったか。遅かったみたいだ」
「誰だよ。マーリンってやつか?」
女性は俺の顔を見た後、続いて偽アーサーを握り潰している右手をじっと見た。にっこりと笑みを浮かべて頷く。
「そうそう。どうも、私がマーリンです。うちの仲間達がご迷惑をおかけしたようで申し訳ないね」
軽い調子で謝罪を口にし、ふわりと重力を感じさせない動きで飛び降りた。横たわって眠るヴリトラの上に着地する。
「アーサーもモーガンも負けたんだね。日本の探索者は強かったかな?」
『マーリン! アーサーが、アーサーが!!』
首を必死にひねり、マーリンを見上げるポピー。その必死さと対照的に、マーリンは窘めるような口調で言う。
「いけないよ、モーガン。君はポピーじゃないし、アレはアーサーじゃない。何もかも偽るのは誠実じゃない。自分の心まで騙してしまうからね。名前を変えれば罪が消えるわけでもないし、名前を継がせれば失った命を取り戻せるわけでもないんだ」
『遅れてやってきて説教!? アーサーのことも、ヴリトラのことも言い出したのは貴女じゃない!』
「そうだね。世界を救うためにはこれしか無かったからね。でも、まさか有核種1匹も御せないなんて期待外れだったな。モーガン。君の心が弱かったから、半端なことばかりになったんだよ」
『なんでもかんでも分かったような口ぶりで、まともに説明もしない貴女に言われたくない!』
マーリンは感情的になっているポピーに、呆れたように首を振った。
「説明に値しなかったんだから、仕方ないじゃないか」
なんか聞いていてイラついてきたな。長々と内輪で喋りやがって。
「うるせえな。こっちはまだケジメついてねえんだ。部外者なら黙ってろ。詫びなり釈明なり入れに来たなら、頭下げて俺らに向かって話せ」
俺の言葉に、わざとらしく申し訳なさそうな顔を作った。そのくせ、高い場所から降りずにマーリンは言う。
「いやぁ、済まないね。ナガといったかな。世界樹の仔よ、話をしようじゃないか」
マーリンは自分の首に親指を当てると、すっと横に引いた。どういう理屈か、すっぱりと首が切断される。切り離された頭部と首の間を、植物のような繊維があっという間に埋めて繋げた。
「――同じ世界樹の仔として、ね」
背筋を冷たいものが駆け上がる。脳内に激しく警鐘が鳴り響いた。
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