第128話 寄生者

 どくん。

 心臓が痛みを伴う力強い鼓動を打った。

 理解しがたい熱が全身を駆け巡る。世界全てを鳥瞰で見ているような、自分自身の存在する場所が変わったような感覚がした。


 どくん。

 受け止めきれない熱を流すように、心臓が暴れている。

 自分の体なのに、まるで自分のものではないような。現実感が急速に遠ざかっていく。


「いかん、王よ!」


 泥水に足をとられながら、じたばたと小さな体を動かし、ユエが駆け寄ってくる。転んで泥まみれになって、それでも必死の形相で不格好によろめきながら足を止めない。

 自分の手を見ようとした。体が緩慢に動く。肌がすっかり樹皮のそれに変わっている。指の先が細く長く伸び、木の枝そのものになっていた。


 焦りも、怒りも、悔しさもない。

 あらゆる感情が遠ざかっていくような気がした。


 スイの悲鳴が、ヒルネの咆哮が聞こえた。トウカの絶望が、山里の怒りが、ブランカの戸惑いが伝わってくる。カルカが走り出す地鳴りが響いた。


「あー……」


 掠れた、それこそ木のうろを風が通り抜けるような声が出た。


「みんな、なんか、ごめんな?」


 体が動かねえ。

 頭の働きもぼんやりとしている。

 マーリンの高笑いが響いた。


「やっぱり、やっぱりそうだった。ナガ、君は素晴らしいよ! 世界樹そのものになり得る――世界を支える素質がある!」


 猛攻を受け止めながら、マーリンは余裕を崩さない。

 シャベルマンが二刀流で斬り掛かる。コマのように激しい回転を交えながら、あらゆる向きで刃を叩きつけた。


「うーん。中々の動きだね。特別な何かを持っているわけでもないのに」


 効いていない。

 自分の中にある世界樹の苗が、マーリンのものと共鳴しているのがわかる。世界樹に成りかけている俺の存在が、マーリンの再生力にバフを乗せてしまっている。

 マーリンの手がシャベルマンの顔面を掴んだ。


「選手交代だ、オラ!」


 シャベルマンの後ろから、戦斧を振りかぶった比嘉が飛び出す。


「無駄だよ。吹き飛べ」


 大地から柱のような岩が突き出した。車に撥ねられたように比嘉の大きな体が宙に舞う。四肢が変な方向に曲がっていた。


「悪いね、うちは三段オチって決まってるんだ」


 それまで比嘉の体の陰にいた山里が、腰だめに構えた聖剣をマーリンのどてっ腹にぶち込んだ。


「ははは、不合格! なんてったって、格が足りてないね!」


 シャベルマンを振り回し、山里に叩き付けた。揉みくちゃになって2人が地面に転がされる。


『格というのは……王権で合ってるか?』


 地面に腹這いで滑り込んだカルカが、大鎌のようなラリアットを叩き込んだ。


「合ってるけど、技術不足だね」


 カルカの腕が、小さな丸盾のような障壁に止められている。

 マーリンの人差し指がカルカの胸に向けられた。


「ずどん!」


 レーザーのようなものが迸った。口から血を吐き出し、巨体が膝をつく。


「トウカ、どうにか出来ない!?」

「どうにもなりません! とりあえず、ナガさんをどうにかするアプローチと……王権の根を絶つ、つまりマーリンを殺すくらいしか……」


 スイとトウカの会話が聞こえる。


「とりあえずモーガンってやつ解放して手伝わせるぞ!」


 喜屋武と金城がモーガンの顔を覆う魔法を破壊しようと武器を叩きつけていた。


「た、食べよう!ナガさんを食べます!」


 テンパったヒルネの声がした。腕に違和感を覚えて見下ろすと、ヒルネが必死の形相で歯を立てている。


「そっか、世界樹の苗を減らせば……!」


 何人かに噛みつかれている気がする。しかし、そのどれもが全く通用していない。世界樹化が進行するにつれ、どんどん体が硬くなっていた。


「おっと、そのアプローチは好ましくないよ」


 マーリンがヒルネに指を向けた。その腕に、横合いから飛び出した白い狼が喰らいつく。

 小さな爆発とともに振り払われたブランカを、立ち上がった山里が受け止めた。


「こういう強敵こそ永野の役割だろーが!」


 ぼやきながら、名も無き聖剣を構え、再度の無謀な突貫を始めた。

 子どもをあしらう大人のように、マーリンが次々と仲間たちを蹴散らす。呆れたような顔で口を開いた。


「条件反射で怒髪天って感じだね。担ぎ上げた王様に似たのかな。たかだかチロっと王権を手にしただけの私に勝てないんだから、やっぱり世界を守るためには世界樹が必要なんだよ」


「世界樹など要らん。人の意志を削ぎ、知性を吸い、命の営みの上に寄生するだけの木に守られたい者がどこにいる! 英雄が、英雄たるその背中を見せてくれるから、人は戦えるというのに!」


 震える声でユエが叫んだ。

 世界樹の陣営に堕ちた者を、誰よりも見てきた彼女の心の叫びだった。

 それをマーリンは哀しそうに聞き流す。


「そうだね。うんうん。でも、それで負けたら知性のない死人の王国じゃないか。アーサーだって死んじゃったんだ、現代人の英雄なんてものには限界があるんだよ?」


 マーリンを無視し、スイがエクスカリバーを抜き取った。


「これで切る。切り離して口に当てれば、世界樹の苗は移るはず」

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