第124話 困難を記す

 悲鳴が聞こえた。我が子の死を見る母親のような、喉が張り裂けることすら些事と思うような、痛みに満ちた悲鳴だった。


『アーサーだけは! アーサーだけはやめて! お願い! 何でもするから、何でも……!』


 再び声の方に目を向ける。黒煙から飛び出したポピーの背後から、シャベルマンが飛び出し、後頭部を掴んで地面に叩き付けた。うねる髪の中央にシャベルを突き立て、地面に縫い止める。

 頭皮が、髪が引きちぎれるのも厭わずに、ポピーは必死の形相で顔を上げる。その目にユエが黒いねちゃねちゃを飛ばした。レイスなどのアンデッドが使う、五感を奪う魔法だ。


『どうにか繋いだ希望なのよ! アーサーが失われたら、地球は終わる!』

「……そうか」


 何やら事情はありそうだ。が。


「まずは落とし前だろ」


 アーサーの首を刎ねた。

 伸びる銀糸を複数回切り払うと、繋がろうとする抵抗もおさまる。生首になったアーサーが俺を絶望の表情で見上げた。


「ブランカ」

「なに?」


 気怠そうな声が返ってくる。ここまで走ってきて疲れたのか、泥に塗れるのも気にせずに地べたにあぐらをかいている。スカートでやんな。人狼に恥じらいとかそういう概念があるかは知らないが。


「まずは応援に来てくれたこと感謝する。おかげで勝ちやすくなった」

「勝てた、じゃん?」

「来なくても勝ってた」

「ふーん」


 ブランカは片足を持ち上げようとして――少しだけ考える顔をしてから、手で頭を掻いた。


「で、アーサーの記憶は読めたか?」

「残念だけど無理。『格』が違う。それこそ陛下がアヌビス神の力も記憶も引き出せなかったのと同じように、ただのイチ生物のあたしじゃ王の記憶は読めないし」

「そうか」


 格、か。

 王とは一体なんなのか。そして王になるということと、王権を簒奪するということには、どんな違いがあるのか。


 ユエは王としての先輩であり、ダンジョンで長年暮らしてきた。そこから教えてくれる知識は俺たちにとっては重大なものだ。だが、王権の奪い合いのようなものには余り関わってこなかったように思える。ユエが知らない、血生臭い知識をポピーが持っているのかもな。


 アーサーの首をポピーの前に置き、二人の間を遮るようにエクスカリバーを刺す。見えてはいなくとも何があるのか分かったのか、ポピーの嗚咽が激しくなった。


 離れた場所では、暴れるブルちゃんを、壊れたパイルバンカーでトウカが何発も殴りつけている。ワイルド過ぎだろ。あっちだけ暴力の濃度が高すぎる。


「言え。目的を。こっちからすりゃあ、せっかく友好関係を結んだ種族ごと襲撃されて、挙げ句は人間だと思って案内した勇者サマが有核種だったんだ。きっちり説明しろ」


 ポピーは強く唇を噛みしめたあと、血に濡れた口から言葉を紡ぎ始めた。


『イギリスは以前まで、ダンジョンに潜ってモンスターと戦うことが禁じられていた。それくらいは知っているでしょ?』

「ああ」


 観念したのか。

 一度口を開いてしまえば、ポピーは素直に語る意志を示した。もしかすると、それがアーサーの生存に繋がる唯一の活路だと思っているのかもしれない。


『あのときは、何も目的もなかった。好奇心だけに突き動かされた私たち――アーサーとマーリンもね。私たちは、外国人でも自由にダンジョンに潜れる国を旅して回っていたわ』


 少しだけ、ポピーの声が明るくなる。

 きっと楽しかったんだろうな。確かに、ダンジョンというのは未知と冒険に満ちている。自由意志で入るダンジョンは、彼ら彼女らの青春を作ってくれたことだろう。


『そして、エジプト・ギリシャ・イラクの3国の地下で、同じ石碑を発見したわ。そこにはこう書かれていた』


 しかし、その声はすぐに暗いものに変わった。

 少しばかり言い淀み、彼女は続ける。


『希望なき世に希望を持ち帰る。全てに勝利し世界を切り離す。挑み戦い続ける限り不可能はないのだから。ここに苦難と痛みに満ちた旅路を記す。アレクサンダーⅢ』


 俺たち地球人類たちの表情が凍り付く。ユエとブランカだけ、何がなんだか分からない顔をしていた。

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