第123話 発芽

 ロボの妻。ということはワーウルフか。

 さっきまで銀色の触手のような姿をとっていたのは、アーサーの本体に変身したということだろうか。

 それにしても、だ。


「ブランカ。助けに来たと言うが……恨んでねえのか?」


 ロボは俺が殺して食った。ワーウルフ達の王を殺し、悲願をへし折り、彼女にとっての伴侶を奪ったのが俺だ。

 もちろん、人間の市民サイドにも犠牲が出ている。

 ブランカが姿をとっている少女も、既に本人の命は失われているのだろう。種族間の生存競争に慈悲は無い。


「お互いに恨みは尽きないでしょ。あたしは陛下を殺したあんたと馴れ合うつもりはないし、共闘するつもりもない」


 ブランカはそう吐き捨てながらも、苦しそうに続ける。


「けど、それはそれ。陛下があんたに後を託した以上は、あんたが人狼の王なんだ。ちゃんとそのことに、あたし達が向き合ってこなかったから、そんな簒奪者に良いようにされてる」


 ブランカは悔恨をにじませる表情で、荒れ果てた地面に膝をつけた。祈りを捧げるように、俺に頭を下げる。

 アーサーの表情に強い焦りが浮かんだ。


『まさか!』

「王よ。偉大なるロボの力を継いだ王よ。ワーウルフの王として、貴方を認める。あまねく人狼全ての命運を、貴方ただ一人に委ねよう」


 祈りが、届いた。

 伝わってくる。ワーウルフたちの願いが。

 感じる。ロボの意思を。理解する。仲間を率いて打破する意味を。

 仮初めじゃない。本物の王に成るということを、体が理解した。


「ぐっ、ああああああああ、がぁっ」


 体中に溢れる何かが、自分の肉体に変化を与えていく。

 犬歯が長く、鋭く伸びた。かかとに生えた狼爪がブーツに穴を開ける。

 触手で傷つくことを恐れず、体をひねってエクスカリバーを振り回し、全ての触手を切り落とした。


 両足で大地を踏みしめる。

 頭上からきらきらと、細い銀糸が降り注いだ。


『くそ、いや。たかが一種族の王権で何が出来る! 既に死に体だろう!』

「死に体?」


 体内に張り巡らされた世界樹の苗が、王の力に反応しているのを感じた。開けられた風穴が、失った血肉が、全て別の何かで埋められ補われていく。

 痛みはない。むしろ全能感のようなものが満たされていく感じがした。


「むしろさっきより元気だぜ?」


 跳び蹴りがアーサーの顔面に突き刺さった。

 首を変な方向に折り曲げ、地面を数回バウンドして転がっていく。

 間違いなく身体能力も上がってんな。世界樹の苗がイキイキしている。

 首に手を当て、ごきりと鳴らした。


「ナガ、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ。体で理解した」


 世界樹の苗は、寄生した相手の王の力を食らう。

 王の力そのものの利用方法が分かっていない以上、とりあえず使えるモンを使うしかねえ。


 手の指をこすり合わせると、どことなく樹皮のようにざらりとした感触があった。絶対にまともな質の力じゃない。それでも――。


 立ち上がったアーサーが大きく手を横薙ぎに振るう。放たれた無数の斬撃が、体中の表面に痛みを走らせた。だが、俺の体には傷跡1つ残っていない。活性化した世界樹の再生速度が速すぎる。細く鋭いアーサーの攻撃では、もはや俺に通じない。


 ――今ここで勝てるのなら、使い倒してやる。


 アーサーの攻撃に合わせ、エクスカリバーを振るった。大量の触手が一気に切り落とされる。


「お前、有核種なんだって? ええ? じゃあ、触手の総量には限りがあるよなぁ?」


 エクスカリバーの鎬を手のひらで叩きながら、アーサーに迫る。

 苦し紛れに放った触手も切り捨てる。こっちは被弾しても問題なくて、そっちはリソースが削られていくんだ。それに触手を失いすぎれば、アーサーの肉体を操る運動性まで低下していく。

 歯ぎしりし、冷や汗を流すアーサー。悪あがきに何か溜めのような動作をとった瞬間、無数の散弾が襲いかかった。


「変なことはさせない」


 スイが錫杖を振りながら、次々に波状攻撃を仕掛ける。細かな散弾の1つが核を傷つけたのか、ついにアーサーが地面に膝をついた。

 血と汗を垂れ流し、膝立ちでうつむくアーサーの髪を掴んで、顔をぐいと引き起こす。目が合った。


「よお、形勢逆転だな。色々とワケのわからねえことしやがって。キリキリ吐くか死ぬか選べよ」


 アーサーは悔しげな表情をするばかりだ。

 もういい、殺すか。情報はポピーから聞き出せばいい。判断を下したそのとき、背後から激しい衝突音が聞こえた。


 ブルちゃんのハンマーが、トウカのパイルバンカーにめり込み、金属片とスパークをまき散らしている。と同時に、トウカのチェーンソーがブルちゃんの腹に食い込み、霧のように血と肉片を飛ばしていた。

 カルカがブルちゃんの頭を鷲掴みにし、がぶりと食らいつく。


 見てない間に、怪獣大決戦も終わりそうだな。

 一方でヒルネとユエ、ポピーが戦っている黒煙にシャベルマンが飛び込んでいくのが見えた。

 あっちの決着も近そうだ。


 俺はアーサーの首にエクスカリバーを押し当てた。


「さて。本体は上側と下側、どっちにある?」

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