【３章完結】ダンジョンに閉じ込められて２５年。救出されたときには立派な不審者になっていた

第122話 嫁

　全身を真っ赤に怒張させたミノタウロスと、全身を最新鋭のパワードスーツで包んだトウカが激突する。

　振るわれるハンマーの束とチェンソーがぶつかり合い、派手に火花を散らせた。

　トウカだけに矛先が行かないよう、四方八方から仲間達が躍りかかる。両手両足を振り回し、致死の一撃を振り撒くことで、ブルちゃんは自身の周囲に安全圏を作り出そうとしていた。

　まさにタンク。単身で前線を構築する重戦車のような暴れっぷりだ。

『よそ見していていいのか？』

「わかんねえか？」

　エクスカリバーが俺の腹に食い込む。剣を握る手首を捕まえ、がっしりと握り締めた。

「誘ったんだよ！」

　焦りを浮かべるアーサーの目に食らいついた。眼窩の骨を砕く感触。妙に咬合力が上がっているような感じがする。

『がぁ、ぐぁぁあっ』

　アーサーが呻いた。片目から血を流しながら後ずさる。

「撃つよ！」

　すかさず黒曜石の散弾が顔面を吹き飛ばした。顔の表面がごっそり消し飛び、目も鼻も耳も無くなる。完全な好機だ！

　山里が体を縮めながら、転がるようにアーサーの脇を抜ける。銀色の軌跡が通り過ぎた。

「まずは厄介な聖剣からだ！」

　刎ね飛ばされた腕、そしてその手に握られた聖剣。飛び出したスイが錫杖で叩き、俺の方に飛ばす。強固に柄を握りしめる指を引っ剥がし、エクスカリバーを奪い取った。

　なんでも斬れる聖なる剣、エクスカリバー。それが勇者アーサーの手を離れ、俺の手中に。

　物理的な重さはそんなにない。むしろ羽のように軽いとも言えるだろう。数回手の中で回して感触を確かめてから、横に薙いだ。アーサーの首が飛ぶ。が、すぐに触手で繋ぎ止められた。

「なんでも斬れる聖剣つっても、あんま役に立たねえか」

「奪ったことが大事だよな、そっちメインだもんね！？」

「おう、よくやった」

　聖剣のせいで戦いの幅が狭くなってたからな。

　半端な位置にふわふわと首を浮かせたまま、アーサーが地面に手をつけた。嫌な予感がしたのは全員同じか。スイが素早く光の階段を作り出し、一気に駆け上がる。

　空中に避難した俺たちの足下で、アーサーを中心に放射状に土の刃が盛り上がった。上から見たらレモンを搾るやつみてえだ。シンプルにエグい攻撃してんな。離れるか宙に逃げるかしか対処法が思いつかない。

『はは、はははははは！　ポピー、本気を出すぞ、良いな？　既に契約に定められた緊急避難に当たる条件だ』

『そう、ね。アーサーを死なせるわけにはいかない』

　アーサーの言葉に答えるポピー。その目の前に、いつの間にかヒルネとユエが迫っていた。

「目を貰うぞ、外法の怪物め」

　ユエの口から黒い霧のようなものが吐き出される。ポピーを囲むように広がり、視界を覆う煙幕となった。

　黒煙の中から刃物を打ち合わせる軽い音が響く。暗中での近接戦が始まったようだ。ポピーの声が聞こえる。

『アーサーは、アーサーは人類の希望なのよ！　特異点になる王を失えば、人類が詰む！　この層まで来て、不死の王と組んでいるのなら、それくらいは知っているでしょう！？』

「難しい話はわかんないです。でも、良い奴か悪い奴かだけはわかります」

　ヒルネの返事は冷たいものだった。

「我らは既に王を戴いている。特異点はそこにあると信じているのでな」

　ユエの言葉が聞こえた。

『特異点か。それにしては弱すぎると思うが？』

　甲高い音が鳴った。

　足下から迫る銀の糸。スイの張る障壁はそう簡単に砕けないはず――。

　いや、これまでとは太さも物量も違い過ぎる。

　これまでが糸なら、今回は紐。視認性は上がったが、それでも回避を許さない大量の糸が俺の体中を刺し貫いた。

　無数の槍に刺されたように、空中に貼り付けにされた。

　体のどこを刺されているのかもう識別が出来ないほど、全身に灼熱感が迸っている。

　ギアの上げ方が極端だな、おい。横滑りする赤色のバイクかよ。

　軽口が言葉にならねえ。呼吸器も舌も刺されているっぽいな。

　それでも聖剣は離さず、しっかりと握りしめている。

　触手を破壊しようと山里とスイが攻撃を加えるが、牽制で振り回される触手のせいで、思うように動けていない。

　強いというか、システム的に崩せない相性の差みたいなものを感じる。なんなんだ、こいつは。

　目だけでアーサーを睨む。アーサーは余裕の表情で俺を見上げた。

　見下ろす者が死に瀕し、見上げる側が笑っている。クソが。

「うん、うん。やっぱ来て正解だったっしょ。あたしが来てなかったら絶対に死んでたじゃん」

　アーサーの声がした。

　いや、声質はアーサーなのに、日本語を話している。それに口調も軽薄で緊張感のないものだ。

　地面をずるずると銀色の糸の塊みたいなものが這い回っていた。それはぬるりと姿を変え、人間のものになる。

　制服の上にピンクのカーディガン。派手な金髪を長めのウルフにカットし、強めのメイクをしている。

　要するに、めっちゃギャルのJKがいた。

　あまりに場違いな存在に、全員の時間が止まる。

　ギャルが口を開いた。

「あたしはブランカ。ロボの妻。陛下の後継者を助けに来た」

　ブランカは長いネイルのついた指をアーサーに向ける。

「とりあえず、そこの偽勇者くんさ。あんた、もう死んでるじゃん。有核種のお人形遊びもほどほどにしたら？」

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