第121話 無理解
俺の言葉にアーサーが喜色を浮かべた。顔いっぱいに嗜虐的な笑みを貼り付け、大穴の上を跳ぶ。聖剣エクスカリバーが光を放った。
ポピーが悲鳴のような声をあげる。
『どうして、どうして勝手なことばかりするの!?』
『何を言うポピー、全てはお前の望みじゃないか!』
アーサーの高笑いが響いた。
自然と俺の足が前に踏み出す。カルカの前に立ち、両手の拳を握り固めた。
『ふむ、不思議な感覚だ』
カルカが呟いた。
「どうした?」
『ナガは常に前に立とうとするのだな。あまり誰かの後ろで戦った経験がない。嬉しいような、受け入れがたいような不思議な感覚だ』
「知らねえけど、それが王ってもんなんじゃねえのかな」
仲間を率いて打破するのが王だというのなら、自然と前に出たがるモンだろ。後ろで軍師ヅラしてる奴は、命の現場で好かれない。
俺たちに矢のごとく飛び込んでくるアーサー。その切っ先が、山里の聖剣とぶつかり合う。衝突の瞬間、全員の視線がそこに集まった。
「ですよねー?」
金属同士が奏でる透き通った音に重なる、気の抜けた声。
肩から下を泥だらけにしたヒルネが、ポピーの背後から脇腹を刺し貫いている。ワスプナイフの刃が、綺麗に腎臓の位置を突き刺していた。
いねえな、とは思ってたんだよ。まさか泥の中を匍匐していたとは。そして全員の注目が外れた瞬間を狙い、一番物理的に貧弱そうな駒を狙っての奇襲。
完璧な一手だった。だというのに、ヒルネは刺した姿勢のまま固まっている。
顔を真っ青にしたポピーが、よろめきながら自分の体をナイフから引き抜いた。右目が赤く光っている。髪がざわりと蠢き、蛇のように鎌首をもたげた。
「メデューサですか」
トウカが呟く。チェンソーが回り始めた。エンジンの規則的な音に乗せるように、唇から祝詞を紡ぎ出す。
『精霊に乞い願う、彼の者を縛る邪なる呪いを解き給え』
再度動き出したヒルネが素早く泥の中に逃げていくのを見てから、俺はアーサーに集中を戻した。
多少の傷は気にならない者同士、楽しくじゃれ合いといこうじゃねえの。
「あちらさんも、何やらモンスターの能力を仕込んでいるみたいだな。イギリス勢ってのは、キメラ化しているのが主流になってんのか?」
『まさか。一緒にするな』
「どうだか。切り離した部位まで再生してるじゃねえか」
切って奪ったはずの右足まで再生している。部位欠損を狙っても痛打になっていない。
もし部位欠損が効く相手だったら、俺が無理矢理押さえ込んで、まとめてカルカに切断してもらうことも出来たんだが。
『世界樹の仔は再生も出来ないのか?』
アーサーが鼻で笑う。
エクスカリバーとタイミングをずらして振られた糸を跳んで回避。躱しきれなかった山里が、鼻の頭を抑えてくぐもった声をあげた。
クソが。糸の奇襲性能が高すぎる。まともな剣技だけで対応できるものじゃねえ。
「再生っつーのは、下等生物の十八番だろ? ミスタープラナリア」
『基礎から応用まで併せ持つものを上等と呼ぶのだ』
遠くではポピーが脇腹を押さえ、深く呼吸を繰り返しているのが見えた。腎臓に刃が到達していたからな。出血性ショックになるのも時間の問題だ。魔法で傷を癒やしたとしても、血圧の低下との戦いになる。おそらくは意識も朦朧としているはずだ。
ポピーがゆっくりと口を開き、掠れた声で言う。
『もう、いい。自分勝手なのも、分からず屋も、もういい。人類の手に王権さえあれば……。やっちゃって、ブルちゃん』
ポピーの横でぼんやりと立っていたブルちゃんが、麻袋を勢いよく破り捨てた。
穏やかでどこか抜けた感じもあった牛の表情が、憤怒と興奮に満たされていく。表面には太い血管がビシビシと走り、大きく開かれた目から、涙のように血が流れた。
オオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!
背中を仰け反らせ、咆哮をあげた。
「……は?」
なんというか。存在の格がみるみる上がっていくのを感じる。半神ヴリトラにこそ遠く及ばないが、そこらのモンスターより遙かに高みにいる。深層の翼が生えたドラゴンよりも強い圧を放っていた。
「優先度変更! 可能な限りの人数でアレを相手しろ! カルカもあっちに行ってくれ!」
『こっちは大丈夫か?』
「なんとか時間を稼ぐ!」
アーサーの斬撃をくぐりながら、小刻みなジャブで視界を邪魔する。鬱陶しそうに首を振った。
巨大なハンマーを手に、ゆっくりと大穴の外周をブルちゃんが歩く。トウカを先頭に、迎え撃つように仲間達が移動を始めた。
『人数がいればどうにかな――』
憎まれ口を叩こうとしたアーサーの口に、火球が飛び込んで炸裂した。黒煙の中から、アーサーが顔を覗かせる。ぼろぼろに砕けた口元に、肉が盛り上がって再生を始めた。
「私はこっちにいるよ」
スイの声だ。姿は確認せずに「任せた」の一言だけで答える。
「そういえば――」
対ブルちゃんの最前線を張るトウカが緊張の滲む声で言う。
「――ミノタウロスは、その存在を封じるために『迷宮』が作られた、という伝承がありましたね」
元祖迷宮の主ってとこか。まぁ俺らが言うところの「ダンジョン」は地下牢が語源だから、そのものではないが……。
何かしら運命的なものを感じる相手だ。
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