第120話 真贋

 ヴリトラが寝そべる。ただそれだけのことなのに、立っていられないほど地面が揺れた。片膝をつけて耐える。

 大穴に変えられたダンジョンの階段に、ざぁざぁと濁流が流れ落ちていくのが見えた。下の階は酷い有様になっていそうだ。


 何ができるとも思えないが、全員緊張感の籠もった視線で、ヴリトラの次の挙動を見守る。が、しばらく待ってみても身じろぎ一つ起こさない。


「――寝た、のか?」

『ヴリトラはもとより活動的ではない。一暴れして満足したのかもしれない』


 カルカが諦観の滲む声で言った。

 おそらく集落があった場所は完全に吹き飛ばされている。こいつらにとっちゃ、これが日常なのだろう。最悪の神様だな。

 通りで知性が高いのに建築が発展していないわけだ。どれだけ技術や知識を積み重ねたところで、ふとしたときに丸ごと消し飛ばされる。そうなりゃ肉体一つでシンプルな暮らしをする価値観に変わってしまうのは無理もないことだった。


「問題は、これでアーサーの野郎が死んだかってことなんだが……」


 ちらりと視線を向けた先では、シャベルマンが警戒の姿勢を解いていない。

 直感に優れたこいつが気を緩めていないってことは、そういうことだ。


 ヴリトラに吹き飛ばされた、燃える地面の一部が盛り上がった。

 大きな卵のような姿で地上に出てきたそれが、ぱかりと左右に割れる。泥水をしたたらせ、不快を表情に刻みながらアーサーが登場した。その後ろから、ポピーとブルちゃんまで出てくる。

 どいつの能力かは知らないが、地中に逃げ込んでブレスを避けたらしい。


「もう一戦か? それともどうにかしてヴリトラに起きてもらうか?」

『起きてくれると良いのだが……』


 そう言いながら、カルカはヴリトラの鱗の隙間めがけて、槍で突き刺そうとした。見えない膜のようなものに弾かれ、切っ先が表面を滑る。ダメそうだな。

 マジでつっかえねえな、この半神。寝ても迷惑、起きても迷惑か。


「戦うのは良いんだが、ずっと丸腰なんだよな。素手だと結構きついぞ」

「俺の聖剣使うか?」


 山里が既に刃の欠けまくった剣を差し出してきた。


「勇者様が使えよ。それに、単純な剣術なら俺よりもお前の方が上手い」

「また前線担当?」

「頑張れ」


 半泣きの山里の背中を叩いた。

 山里は俺と違って、斬られれば死ぬ普通の人間だ。それでも、このダンジョンという階層に潜る男であり、この死地を任せられる男でもある。


「分担すっか。アーサー担当は俺、山里、カルカ、スイ。物理的な強さに対応しつつ、スイの散弾であわよくば倒す。ポピー担当はシャベルマン、金城≪きんじょう≫、喜屋武≪きゃん≫、ユエ」


 金城は槍使い、喜屋武はメイス使いだな。あまり目立とうとしないが、こいつらも堅実に戦えるやつらだ。

 エースのシャベルマンをぶつける。何をするかわからない相手に対して、知識と対応力の幅が広いユエを当て、堅実な前衛と中衛をカバーに組ませる。


「見るからにパワー型のブルちゃんは、トウカと比嘉≪ひが≫に任せる」


 純粋なパワータイプの相手には、それを上回るパワーを当てるのが王道だろう。

 トウカを主力として、比嘉にフォローさせる。


 俺の考えが伝わったのか、全員頷いてくれた。


 階段だった大穴を挟むようにして、俺たちは向かい合った。

 戦意をみなぎらせるアーサーに反して、ポピーは非常に不服そうな顔をしている。意外だな。話を聞いた限りでは、ポピーが主導していると思っていたんだが。


「よお。今度は揃い踏みでご苦労なことだ。まだ用があんのか?」

『そのリザードマンを寄越せ』

「断る。既に友好関係を結んだ種族だ」

『切り札のヴリトラも役に立たなかったのに、これ以上意地を張る意味はないだろう?』

「さぁな。もしどうにもならなかったら、無理矢理起こして俺もお前もまとめて吹っ飛ばすのもアリかもしれねえな」


 どうすれば起きるのか知らねえけど。蛇なんだし、ピット器官の周辺に火球でも放り込めば目覚めるんじゃねえか?

 ポピーが懇願するように言う。


『ねえ、別に戦いたいわけじゃないの。たかがモンスターでしょう? それだけでお互いにデメリットを避けられる。何も、既に一緒に暮らしているノーライフキングを寄越せって言ってるわけじゃないわ』


 あの女、俺よりもよっぽどダンジョンについての知識がありそうなのに、そんなことも分からないのか。


「リザードマンは俺たちを歓迎した。殴り合ってお互いを尊敬した。お互いが用意した飯を分け合った。それをほいほい切り捨てられるような人間に、誰がついてくる。誰が仲良くしようと思う」


 メリットやデメリットじゃねえんだよ。

 容易く他者を切り捨てられる人間には誰もついてこねえ。意地も張れない男はモテねえぞ。

 メガネだって間違いだらけのゴミクソ野郎だったが、あいつなりに張る意地ってもんがあった。だから、あんなクソジジイなのに仲間がたくさんいたんだよ。


『交渉の余地はないのかしら? ダンジョンの情報なり、魔法的な話だったり、こちらから差し出せるものもあると思うの』


 そもそもアーサーが襲撃してきた時点で交渉は仕舞いだろ。謝罪と賠償もなく押しかけて交渉だなんて、図々しいにもほどがある。内容も終わってるしな。

 ため息をついて、肩をがっくりと落とす。

 振り返れば、スイが小さく頷いた。

 俺はポピーに向き直り、一言だけ告げる。


「四の五の言わずにかかってこい」

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