第115話 銀の糸
「撤退するって言っても、簡単にさせてくれる相手じゃねえだろうが」
カルカとアーサーの間に体を滑り込ませた。
致命傷じゃなければ大丈夫。むしろ多少やってくれたら、こっちから反撃する口実になる。そんな目論見を理解しているのか、アーサーは器用に俺を避けてカルカに攻めかかる。
だが、随分とやりづらそうにはなった。
カルカの体がデカいお陰で、俺を盾にしながら一方的に攻撃を打ち下ろせる。
『ああ、鬱陶しい!』
「こっちよりガバっつっても、法的に人間を斬るのは出来ねえだろ」
所詮はこいつも法治国家の人間。法律の鎖に縛られているのは変わらねえ。
牽制しながら下り階段に向けて後退していく。山里たちがコソコソと動いているのがちらりと見えた。
しっかし、アーサーの動きが速過ぎるな。カルカは目で追えているみたいだが、正直俺はギリギリだ。
目的もわからねえ、どういう理屈で力を発揮しているのかもわからず、ぶん殴ることも出来ない。それなのに実力差ばかり見せつけられる。
ストレスがやばいな。
カルカの槍を避けるように、アーサーが俺の目の前で姿勢を低くした。
『ふむ、こうすればどちらにとっても障害物になるな』
また俺のことを逆手にとって利用しようとしてんのかよ。
ムカつくドヤ顔に唾を吐きかけた。
一瞬理解が追い付かなかったのか、アーサーはきょとんとした顔をする。自身の頬に触れ、ねっとりとした液体を指で伸ばし、ようやく顔が怒りに染まった。
「おっと、これは攻撃じゃねえぞ?」
『図に乗るなよ』
ぞくりと背筋が冷たくなる。
全力でのバックステップ。頬骨から鼻先にかけて熱いものが走った。目の下で鮮血が真横に飛ぶ。
顔面を斬られた……が、致命傷でもなければ目を潰されたわけでもない!
「やっときたなぁ!? 攻撃許可だ!」
ようやくアーサーから手を出してくれた。これで俺らも反撃できる!
背後から飛んできた火球をアーサーが斬り払う。その隙をつくようにカルカが槍を叩き下ろした。同時に俺も横に回り込みながら手刀を放つ。投擲されたシャベルまで飛んできた。
その全てを羽のように軽やかに躱したアーサーは、ひらりと跳んで距離をとった。
「下がれ下がれ! チャンスだ!」
山里の声に、俺とカルカも一気に下がって距離を取る。
「甦れ、集え。不死の王が教える。お前たちはまだ歩めると」
しゃがんで地面に手をつけていたユエが、ぼそりと呟いた。
あちらこちらで土が盛り上がり、動物の骨が次々と組み上がっていく。様々な姿のスケルトンが立ち上がった。その中には俺たちが食っていたマンティコアのものまである。
死臭が吹き上がった。くっせえ。
そこそこ強いモンスターたちの骨で生み出されたスケルトンたちが、機敏な動きでアーサーに躍りかかる。
『小賢しい!』
こちらに向かって歩きながら、聖剣が振るわれる。
近寄ったそばから破壊され崩壊するスケルトンたち。まるで足止めにもなっていない。だが。マンティコアの死体を斬り捨てた瞬間に、カシュっと缶ビールを開けたような音がした。
聖剣、そしてアーサー本体を巻き込むように、大量の発泡樹脂が噴き出す。勇者様は一瞬で白い泡の塊に包み込まれた。
あっという間に固められ、繭のようにされたアーサーに向かって、カルカが槍を突き込もうとした。
『やむなし、か?』
アーサーの声。そこには妙に楽し気な色があった。
「さが――――」
勘でしかない。これまでの戦いの経験全てが「まずい」と警告を発したような気がした。
風が吹いた。
そうとしか思えない感覚のあとに、 仲間たちに発した言葉が途切れる。喉に触れようとした指先が空を切った。
「ナガ!?」
「生きて――生きてるんですか!?」
スイとトウカが全速力で駆け寄ってくる。なんだ、何が起きている?
指先に細い繊維のようなものが触れた。世界樹の苗か?
「動かないでください! 首がとれてます!」
はぁ!?
スイに抱えられ、頭を上から押さえつけるように首に押し付けられる。
「治癒します! 断面ずれないように!」
「たぶん大丈夫、ズレたらまた切ろう!」
恐ろしい会話のあとに、トウカが詠唱を始めた。
どうやら俺の首は完全に切断され、世界樹の苗だけで繋がっていたようだ。ぞっとするな。
目だけを動かしてカルカを見上げた。カルカも胸に一文字の傷が入り、血を流していた。流石に切断されてはいないが、想定外の深手に目を白黒させている。
アーサーの野郎、何をした……?
発泡樹脂がバラバラに切り裂かれ、軽い音を立てて地面に落ちた。中から出てきたアーサーの口の中に、するりと細い銀糸のようなものが引っ込んで消える。
『死んでない? 世界樹の仔か』
俺を見下ろしてアーサーは鼻で笑った。
「何しやがった、てめえ」
『言うと思うカファッ!?』
アーサーの口の中から刃が生える。
目の据わったヒルネが、後頭部からナイフを突き刺していた。飛び出した切っ先から、白いガスが噴き出す。勢いあまって深く刺しすぎたようだ。
アーサーの目の前に山里が飛び込んだ。聖剣同士がぶつかり合う。片手で山里の剣戟をいなしながら、アーサーはナイフを引っこ抜いて捨てた。
既にヒルネは離脱している。
『んぐっ。聖剣持ちか』
おそらくは血の塊を飲み干して、それからアーサーは興味深そうに山里を見る。どっからどう見ても致命傷だったのに、全くダメージを感じさせない。
山里の聖剣は打ち合わせるたびに刃こぼれし、銀色の破片を飛び散らせていた。合間合間に挟まれるカルカの援護で、どうにか戦況はイーブンに持ち込まれている。
「やべえ、そんな長くは持たない!」
「いや、マジで時間稼ぎ上手いな、山里!」
首が完全に繋がったのを確認して、俺も飛び出した。
一度斬られて完全に目が覚めたのか、動きを目で追える。
「なんでも切れるっていうなら――!」
スイが杖を振り下ろした。アーサーに黒曜石の細かな散弾が襲い掛かる。とっさに目を庇った隙に肉薄し、思い切り股間を蹴り上げた。
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