第114話

 槍を構えるカルカの周辺に、戦士階級のリザードマンたちが集まって来た。鉱石や生き物の骨などを削り出した穂先の槍を装備している。

 他のリザードマンたちが次々に水中に飛び込み、湖から大きなしぶきが上がった。

 みるみるうちにアーサーが近づく。人間の速さじゃねえな。


「発泡弾、試してみるか?」


 そう言いながら山里は自分の聖剣を抜いた。言っただけって感じだな。隙を作ったりもせずに、ダイレクトに発泡樹脂の缶を当てられる相手じゃないだろう。


「こちらから撃って、先制攻撃したと判断されるのは良くないのではありませんか? イギリスの法律では、ダンジョン内で人間に襲撃された場合、反撃で殺しても罪には問われません」


 トウカの言葉に頷いた。


 ダンジョンというどこの国の領土でもない場所で起きた犯罪は、どこの国の法律によって裁かれるのか。それは、罪を犯した者の国籍が適用される。宇宙での事件をどう裁くかに似ているな。

 これを逆手にとって「ダンジョン内での殺人の完全合法化」なんて打ち出した、野心的な自治区なんかもある。


 だから外国勢力とダンジョンでカチ合うのは面倒くせえんだよな。尊王攘夷させろや。


「おいゴラァ! 止まれ! やり合いてえのか!」


 すぐ近くにまで接近したアーサーを怒鳴りつけた。


『ただのモンスター退治だ。そうだろう?』


 宙を滑るように突っ込んできて、聖剣を振りかぶるアーサー。それとカルカの間に体を割り込ませ、ツヴァイハンダーを立てる。


『猿にはヒトと同じに見えるか』


 アーサーの姿が消えた。背後で衝突音。

 振り返る目の端に、カルカの槍と聖剣をぶつけ合うアーサーの後ろ姿が映った。


「うっそだろ、おい」


 とすっ。軽い音がした。

 足元に、ツヴァイハンダーの刃が刺さっている。一切の抵抗感なく、刀身の半ばで切断されていた。

 全身から冷汗が噴き出した。即座に役立たずになった金属棒を投げ捨てる。


「ナガ!?」

「武器だけ斬られた! やばいぞこいつ!」


 アーサーの目にも止まらぬ連撃を丁寧に槍の穂先で受けながら、カルカが唸る。


『ナーガの骨が削られている……!』

『トカゲ風情が半神素材の武器か。目の見えない馬にウィンクしてやるようなものだな』


 カルカの槍さばきは巨体に似つかわぬ繊細で素早いものだ。それでも徐々に押されているのがわかる。

 どうにか介入したいが、金属の剣を無抵抗で切断しやがる相手だ。


「なんだよその剣、インチキだろ」


 アーサーはひらりとカルカの前から飛びのくと、近くにいたリザードマンの戦士を、ついで感覚の気軽さで斬り捨てた。リザードマンは鱗1枚剥がれていない、鮮やかな断面を晒しながら崩れ落ちる。

 カルカが吠えた。


「いかん、王! 切断の概念系の聖剣だ! おそらくはエクスカリバー。止める手段がない!」


 クソがよ。概念系とかなんだよ。俺が知らねえモン持ち出してくんな。


「ナガ、いつでも撃てるけどどうする?」


 どうする。

 状況は一刻どころか瞬間を争う。だが、法と配信という見えない鎖が俺たちに絡みついている。


「クッソ。ヴリトラと遊んでるんじゃなかったのかよ」


 思わず漏れた愚痴に、アーサーが反応した。


『あれは無理だな。格が違い過ぎた』

「おっと、お前の口から出せる謙虚さのサイズじゃねえぞ」


 なんかもう、面倒くさくなってきたな。

 法がどうとか、概念がどうとか。


『さすがは神に至りかけた竜だ。どこの知的生物が信仰しているのかと探していたが――やはりお前ら猿がダラダラと居座った場所で正解だったな。お前らは現地のモンスターと遊ぶのが好きなようだから、居場所を共有して正解だった』


 アーサーらの襲撃を避けるための位置共有が完全に仇になった。

 ヴリトラが信仰を集めていると予測を立て、現地で確認をし、その上で俺らを利用して場所の特定をしたと。


 なんだそれ。


 苛立ちが全身の血管を駆け巡る。心臓が1つ拍動するたびに、熱い怒りが頭からつま先まで走った。

 拳を固め体が前に傾く。その瞬間、カルカの大声が割り込んだ。


『撤退戦に移る! 逃げるぞ!』


 リザードマンたちが統率のとれた動きで纏まりを作る。

 密集し、槍衾を組み、尻尾を器用に使いながら滑るように後退し始めた。

 カルカの目が一瞬俺を見た。


『ナガ、この人間もまた王だ。それも、王を何人も食らった王だ』


 逃げるリザードマンたちを面倒そうな顔で眺めていたアーサーは、カルカの言葉に自信に満ちた笑みを浮かべる。


『なるほど、理解できるのか。このトカゲも十分な格がある。あるいは別の感知手段があるか?』

『ナガ。我々では勝てない。故に、ヴリトラのもとへ撤退する』


 その言葉の内容はカルカの口から出るには意外なものであり。そして、込められた悔しさは納得できるものだった。

 切り離したかった、殺したかった神のもとへ逃げる。


 リザードマンたちが生きた状態でヴリトラの元へ辿り着ければ、何者も倒すことができないヴリトラが、絶対の盾になってくれる。

 ヴリトラも、自分の力の根源になるリザードマンを無闇矢鱈に殺したりはしないだろう。

 恐れ忌避しているのに、非常のときには何よりも頼りになる。


 まさに、ヴリトラはリザードマンたちにとっての神だった。救いようのないことに。

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