第111話

 湖から伸びる川沿い。

 流水に削られ丸みを帯びた石を踏むと、ぎしぎしと音を立てる。

 上流から湖へと流れ込んだ水が、今度はさらに低い土地に向かって流れていく川のようだ。軽くて小さな石や砂が多い。どこかで養分を吸われているのか、藻や下草がほとんど生えていない。


「湖の中の生態系が気になるな。大量の無機塩類を消費している植物系モンスターがいてもおかしくねえぞ」

「リザードマンの食事を支えるだけの豊かさはありそうだもんな」


 水中に目を配りながら山里が言った。

 大規模な肉食動物の群れだ。陸上の獲物だけでは足りないだろうな。ワニみてえに魚が主食なのかもしれない。


「ナガさん、モンスターいましたー」


 木を伝うように移動していたヒルネが戻って来る。


「どんなのだ?」

「おばさんの顔したライオンです! 気持ち悪いですよ!」

「マンティコアか。嫌だなー」


 げんなりした。

 マンティコア。人面のライオンで、サソリの尾を持つ。

 食えるか食えないかで言えば食える。臭みが強く、アホみたいに硬い肉質ではあるが。


 面倒くさいのは、まず小規模な群れをつくるところ。

 おじさんのマンティコア1に対し、おばさんのマンティコア10くらいで群れをつくる。たまにソロのマンティコアもいるが、その場合は必ず若い男のマンティコアだ。おばさんで単体というのはあり得ない。


 身体能力がそこそこに高く、爪に牙に毒針と、殺傷力の高い部位が複数あるのも面倒くさいポイントだ。毒針を発射してくるから、ちゃんと距離を詰めて戦わなくちゃいけないってのもな。

 弱点は顔面だが、おばさんのマンティコアは顔に石灰質の防御被膜を付けている。それを砕いてからじゃないとダメージが通らない。


「人面ってことは、言葉が通じるの?」

「通じるぞ」


 スイの疑問にユエが答えた。


「言葉そのものは通じるが、コミュニケーションは取れないと思っていい。極めて自己中心的で怒りっぽく、わがままだ。対話の必要はない」


 クレーマー的な感じなのか?

 どういう言葉を発するのか気になり、念のため翻訳されるようにしておく。


「散開して当たるぞ。今の俺たちなら個々で後れをとる相手じゃねえ。飛ばしてくる毒針にだけ気をつけろ。視野は広く、な」


 俺の言葉にそれぞれが返事をし、ヒルネの誘導に従って進んだ。


 ずぞ! ずぞぞぞ!

 蕎麦をすするような音がした。視界の先には、川の水面に口をつけるマンティコアの姿が4つ。同じくらいの数がどこかに隠れているようだ。

 頭の高さが俺の腰くらい。まぁ平均的なライオンみたいな体格だな。

 1匹が俺たちに気づき、金切り声を上げた。


『なに見てんのよ! ここが誰の縄張りかわかっているの!?』


 その声に気づいた他のマンティコアたちが次々と顔を上げる。


『勝手に入るなんて何様のつもり!?』

『今すぐ謝罪して出ていきなさい!』

『責任者を出せ、責任者!』

『納得のできる説明、出来るんでしょうね!?』

『賠償! 賠償よ!』


 うっわ。

 翻訳したらこういうこと鳴いてたのか。


「王よ、耳を貸す必要はない。何を言っても無駄だ」

「いや、ちょっと待て。いいこと思いついた」

「ほう?」


 俺は山里の肩をぽんぽんと叩く。


「勇者様って、絶対クレーム処理得意だよな?」

「やだよ!? なに考えてんだよ!」

「あ~、確かに得意そう」


 スイが頷く。

 比嘉ひがもうんうんと頷いた。


「バイト一緒だったとき、めっちゃ上手かった」

「余計なこと言うなよ!?」


 全身から滲み出してるもんな。理不尽に怒られて謝る苦労人の気配が。


「ちょっとで良いからよ。試すだけ試そうぜ」

「えぇ……」


 山里は嫌そうな顔をしつつも、マンティコアの群れに足を踏み出した。

 きっと比嘉とバイトしていたときも、こんな感じだったんだろうな。


『大変申し訳ございませんでした。うちの者が失礼な振る舞いをしてしまったようで……責任者の山里と申します!』


 なんと、頭を下げながら歩み寄って行く!

 俺たちには真似できない高等技術だ。必要なのは正しい謝罪のマナーではない。とにかく頭を下げた姿勢を維持して何かをするっつーのが大事なんだな。


『この度は誠に申し訳ありません。ご用件、ご要望をお聞かせ願えますか?』


 藪の中から次々とマンティコアたちが姿を現す。なるほど、どんどん仲間が集合して威圧してくるんだな。


『察しなさいよ!』

『言われなくてもわかるでしょ!』

『責任者もつっかえないわね!』

『本当にバカなのね!』

『あいつらにも謝らせなさい!』

『賠償よ! 賠償!』

『不快な気持ちになった私たちが被害者なのよ!』


 口の数だけ銃口があるマシンガンだ。

 山里は眉を寄せて沈痛な面持ちを作りながら、コメツキムシのようにぺこぺこと頭を下げる。


『ええ、ええ、仰ることはわかります。ええ、大変な失礼をいたしました。ええ、わかります。すみません。彼らには私の方からも厳しく注意、指導させていただきます』


 山里が平謝りしている間に、トウカが小声での長い詠唱を終えた。

 体中に一気に力が漲る。全身の筋肉も関節も新品に取り換えたような軽さだ。


 面白いものも見れたしな。

 スイが錫杖を振り下ろすと、楽しそうに山里を罵るマンティコアたちの目の前に、大きな光の壁が現れた。


「準備完了、突撃!」


 俺たちは走り出した。


「え、あれ? 俺が謝ってた意味は?」

「時間稼ぎだ!」


 山里を置いて。

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