第112話

 駆け寄る俺たちに気圧されたか、反射的に毒針を発射するマンティコアたち。

 ガガガガガッ! と硬質な連続音とともに、その全てが光の壁に阻まれる。


「らぁッ!」


 下から斜め上へ斬り上げるように、ツヴァイハンダーの切っ先で壁を叩く。衝撃に耐えきれず、壁は粉々に砕けた。

 最前にいたマンティコアの髪を掴み、顔面をツヴァイハンダーの柄で殴りつける。バキリとひびが入り、石灰質の防御被膜が剥がれ落ちた。

 すっぴんの肌、意外とツルツルで綺麗なのはなんなんだよ。要らねえだろ。


 力任せに引き寄せ、鼻っ面に膝をぶち込む。マンティコアは梅干しみたいな顔になって失神した。


「次!」


 最後尾にいたマンティコアが尻尾の先を俺に向ける。直後、その根元からヒルネが切り落とす。もう後ろに回り込んだか。

 スイの放った無数の小さな黒曜石の破片が、敵の顔面を襲う。前足で目を覆う個体を、シャベルマンが大上段から叩き潰した。


 そこかしこであっさりと倒し、一気に決着がつく。

 距離を詰めたらあっという間だったな。


 乱戦では倒れただけでとりあえず撃破の判定をしがちだ。まだ息のある個体に、丁寧にトドメを刺していく。

 大きな血管のある場所を切って、川の流れに放り込んだ。一気に下流が赤く染まっていく。


「謝ればマンティコアの気を引くことができる、と。割と大事な情報かもしれねえな、これ」

「戦力に不安があるパーティーだと、必須テクニックになりそうですねー」

「割とストレス溜まるんだが??」


 半ギレの山里が、最後の1体を乱雑に川に放り込んだ。大きく飛沫が跳ねる。


「しゃーない。それが責任者だしなあ」

「毎回、都合のいいときだけ俺リーダー扱いするのやめない? やめよう?」

「リザードマンとの喧嘩は俺がやったじゃねえか」

「そうだけど! そうなんだけど!」


 トウカがマンティコアの尻尾を持ち上げ、しげしげと眺めた。


「これ、尻尾の中に次弾が込められているのですね」

「そうだな。ロケット鉛筆みたいな感じだな」

「ロケット鉛筆、ですか? 武器か何かでしょうか?」

「久々に世代の差を感じたわ。そうだよな、アレ流行ったの40年以上前だもんな」


 長さ1センチくらいの替え芯が、筒の中で縦1列に並んでいるタイプの鉛筆があったんだよ。先端を引っこ抜いて後ろから刺せば、新しく尖った替え芯が出てくるっていうな。


「マンティコアの毒も何かに使えるかもしれませんね。一応採取しておきます」


 数人がかりで水の中にじゃぶじゃぶと入り、尻尾の解体をした。

 毒針は人間の二の腕くらいのサイズ感をしている。ちょっとした護身武器くらいにはなりそうだ。

 マンティコアの毒は、喰らうと強烈な酩酊感と幻覚を与える。使い道は多いだろうな。


「で、ナガはこれを夕飯にするの?」

「うーん、どうすっかな」


 スイの言葉に思わず考え込んでしまう。

 量的には十分だし、振る舞ってもらったナマケモノよりは強いモンスターだ。格も示せる。

 だが、不味いんだよな。


「血抜きと解体までやっちまって、匂いに釣られたモンスターを狙ってみるか?」

「ひとまずこれは解体するんだ」

「する」

「顔めっちゃ人間だけど」

「今さらだろ」

「そうだね」


 スイは肩をすくめた。

 ミシリ、と木が悲鳴を上げる音が響いた。全員の視線がそっちを向く。対岸側の森からだ。

 水中にいた仲間たちも岸に上がり、大型のモンスターと思われる存在に備える。

 木を大きく傾けながら現れたのは、真っ赤な鱗のリザードマン。カルカだった。


『よお、カルカじゃねえか。どうした?』

『やんや五月蠅うるさい声がしたものでな。もう終わっていたか』

『楽勝だったな』

『ナガたちならそうだろう。誰も手傷を負っていないのは流石だ』


 カルカは水中で血抜きをされているマンティコアたちを見下ろし、舌なめずりをした。


『我らの好物だ。知っていたのか?』

『全然。偶然だ』

『そうか。では精霊の導きということにしておこう。運ぶのを手伝おう』


 カルカは上機嫌にマンティコアの死体を拾い上げる。

 俺とスイは目を合わせ、それから白目を見せ合った。晩飯、マンティコア確定のお知らせだ。



 カルカに訊いたところ、リザードマンは特に食べられないものが無いらしい。

 だいたいの植物はもちろんのこと、虫も魚も、果ては有核種のモンスターまでも食べてしまうという話だった。

 この近辺でまだ有核種に出会っていないのは、リザードマンの捕食圧が強いからかもしれない。逃げ足が遅い連中は、水場があっても立ち入れない。


 巨木をくりぬいただけの樽いっぱいに水を入れ、そこにマンティコアの毒針を1本だけ投げ入れる。ぐるぐると掻き混ぜたものを、カルカは楽し気に舐めていた。

 酩酊感のある毒だ。微量なら酒のように楽しめるのかもしれない。


 マンティコアの皮を剥がしながら考える。

 普通に調理したら絶対に臭みが残るんだよな。


「中華あんかけ風にするか?」


 あまりにも臭い肉は、和食の調理法に合わない。

 高温と大量の調味料で誤魔化せる方法が良いだろう。


 大胆に捨てた内臓部分を拾い食いしているリザードマンたちを見ていると、そこまでやる気力が萎えそうだ。

 自分も食うものだと気持ちを奮い立たせ、下処理を開始する。

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