第109話
リザードマンからの持て成しは、彼ららしい非常にシンプルなものだった。
地面に直接置かれた、巨大な獣の死骸。ナマケモノを体長3メートルほどに拡大したような見た目をしている。
「なんだこれ?」
「知らん。めっちゃナマケモノみてえな見た目してるが、かなり狂暴だぞ」
昔の俺も何度か倒して食ったことがある。
樹上生活しているかと思いきや、普通に地面歩いてるんだよな。長い両腕を振り回す、非常にシンプルな戦い方をする。
別に強くはないが好戦的で、相手が嫌がって退くのを期待しているような生態をしている。
「まぁ、すぐに威嚇するコンビニの前のヤンキーみてえなもんだ」
「ナガさんみたいですね」
トウカの発言にちょっと凹んだ。そういう目で見られていたのか。
「対処法はあるの?」
「普通に倒して食ってもいいし、多少距離を取ればこいつらも退いてくれる。好戦的だが本当に戦いたいってわけじゃねえからな」
「美味しいんです?」
「わからん。変に臭くはなかった気がするんだが……」
カルカが祈りを捧げるような仕草をしたあと、ナマケモノの体に爪を当てた。力任せにバリバリと皮を剥がす。腹に爪を突き立て、体内から肝臓を引きずり出した。
『ナガ、食え。一番良いところだ』
『せめて半分にしねえか?』
『たらふく食うといい!』
受け取った肝臓は、そのままで重さ5キロくらいはある。
全部食ったらビタミンの過剰摂取で体壊しそうだな。
「え、生?」
スイの表情が引きつった。
「生でいけ」
「まずお前がいけよ」
ユエの言葉に思わず言い返すと、彼女は真面目くさった顔で俺に説教してくる。
「いいか、王よ。これはリザードマンの文化なのだ。体を壊すとか、文明的ではないなんて、こちらの感性でしかない。彼らにとって美味くて体に良いものを分けてくれているのだから、大人しくそのまま食え。日本人が外国人にスシを振る舞って、全部リゾットとして煮込まれたら不愉快であろう」
だいたいはその通りだが、体を壊すって点については別だろ。俺の体は既に変な寄生虫だらけだが、他のやつからすればキツいぞ。
腹を括って齧った。元のサイズがデカすぎるせいで、顔中に変な粘液がつく。
マジで生レバーって感じの味だ。新鮮だからか臭みは少なく、舌の表面でこってりとした旨味が柔らかくほどける。
「――味は美味いんだな」
「顔汚いよ」
スイが雑巾みたいに臭う布で俺の顔を拭いた。エルフの里で洗濯したのはどこ行ったんだよ。
『どうだ?』
『美味いよ。美味いんだが……普通の人間は火で加熱しねえと、だいたいは腹が痛くなる。仲間たちは加熱したもんを食わせてもいいか?』
カルカは少しだけ体を後ろに引き、驚きをジェスチャーで伝えた。
『そうか。そういうものなのか』
『体の作りが違うんだわ』
『尻尾も鱗もないな、言われてみればそうだ。ははは、面白い。好きにしてくれ!』
まさしく異文化交流だな。
未だめらめらと燃えているトーテムポールを1本リザードマンが引き抜いて来て、俺らの前に置いてくれた。
以前に貰った串焼き台をセットする。安心しきった顔で焼き始めた山里にイラっとした。
『カルカ陛下? この燃えている柱は使い捨てなのですか?』
トウカが訊ねた。
カルカは剥ぎ取った骨付きの肉を丸飲みしてから応える。
『定期的に燃やすものだ。作って燃やしての繰り返しだな。彫り物と派手な炎は精霊が喜ぶ』
『ああ、なるほど。納得いたしました。ありがとうございます』
早くもレバーに集まり始めた羽虫を手で払いながら、トウカに訊く。
「何がわかったんだ?」
「そういえばナガさんは魔法の話聞いていませんでしたね。魔法言語とは、精霊への語り掛けなのだそうです。精霊はノリとテンションと仲の良さで魔法の結果を変えてしまうみたいでして……。こういったわかりやすく派手な儀式は、精霊を喜ばせて仲良くなりやすくする効果があるようなのです」
トウカが言うには、精霊は割とガキっぽいというか、単純な趣味嗜好をしているらしい。
キラキラの細工物、巨大な魔法陣、しゃらしゃら動いて鳴る錫杖。それらも精霊を喜ばせるものだそうだ。なんかテンションが上がるらしい。
でっかい彫刻とそれを焼く炎、胸躍るビート、派手な殴り合い。この祭りは精霊が喜ぶ要素のオンパレードってことか。
コミュニケーションであり、精霊向けのプロレス興行でもあるってとこだな。
『合理的なもんだな。流石はダンジョンで暮らす種族だ』
『合理的なものか。我らほど非効率な生き方をする種族もあるまい』
意外にも、カルカの返事には自虐的な空気が含まれていた。
思わずカルカの方を見ながらレバーを口に運べば、じゃりりと気色の悪い質感が混ざった。マジで虫多いな。
『我らは信仰に支配されている。実際に恩恵をくれるのは精霊だというのに、信仰心はヴリトラの元にある』
『ヴリトラ……ここでもその名前を聞くとはな』
『縁でもあったか?』
『ああ。同じ人類だが、別の群れのやつらがヴリトラ討伐を狙って潜ってる』
『そうか』
カルカは小さく頷いた。
『止めようとか、そういうのはねえのか?』
『倒せるならば倒して欲しい。まぁ、どうせ無理だ。何者もヴリトラは倒せん』
カルカの声は、あまりにも複雑な色味を帯びていた。
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