第108話

 円形に立てられた数十のトーテムポールの頂点に炎が焚かれる。明かりが煌々と夜の湖を照らした。

 丸太をくりぬいたシンプルな打楽器を抱え、リザードマンの群れが一定のリズムを打ち鳴らす。


 ドンガッガッガ! オッオッオッオ! ドンガッガッガ! オーオーオーオー!


 ビートの合間でリザードマンたちが小刻みに飛び跳ね、地面がびりびりと揺れた。

 渦巻く熱気の中心。お互いに上半身裸で、俺とカルカは向かい合う。

 カルカの真っ赤な鱗が、揺れる炎のもとで濡れたような質感を放っていた。


 軽く数回ジャンプし、体の軽さを確かめる。大きい筋肉から指先に至るまで、一切の遅延も乱れもなく動く。

 カルカの顔を見上げた。俺のだいたい2倍半のサイズ。ほとんど怪獣だな。


 ドンガッガッガ! オッオッオッオ! ドンガッガッガ! オーオーオーオー!


 カルカは指を組み合わせ、ごきりと関節を鳴らした。

 炎に囲まれ、素手タイマンでの殴り合い。これがリザードマン種族の歓迎の儀式らしい。

 ロボが変身したリザードマンよりも大きく、全身にみなぎる力も覇気も段違いだ。

 生まれながらに強者の種族、リザードマンの王に相応しい存在感だった。


 カルカが手を挙げると、ぴたりと音がやんだ。


『準備はいいか? 人間の王』

『そちらこそ。リザードマンの王』


 リザードマンの表情はわからない。逆に、リザードマンも表情なんて概念はわからないだろう。

 けれど、お互いの気分はハッキリと伝わり合っていた。


 ――高揚している。


「ォォオオオオオオオオオ!!!」

「ガァァァァァァァッ!!!」


 どちらがどちらの声だったのか。

 両者の咆哮が交錯し、互いに地面を蹴って駆け寄った。

 再びビートが打ち鳴らされる。


 ドンガッガッガ! オッオッオッオ! ドンガッガッガ! オーオーオーオー!


 カルカの巨大な拳が頭上から振り下ろされた。身をひねりながら飛び跳ね、紙一重でかわしながら、無機質な顔面にローリングソバットを叩き込む!

 足の裏に、鉄板でも蹴ったような感触が跳ね返ってきた。カルカの頭がぐらりと揺れた。でけえが間違いなく効いている。

 次の瞬間、放たれた裏拳に吹っ飛ばされた。


 全身が爆散しそうな破壊力。

 背中からトーテムポールにぶち当たる。肺の中の空気が全て吐き出された。

 へし折れた燃え盛る柱が、頭上から落ちてくる。体の痛みを無視して横に転がり回避した。


『やるじゃねえか、カルカ』

『効いたぞ、ナガ』


 口の中を切った。手の甲で唇を拭いながら、カルカの姿を観察する。

 二足歩行だが、脚は短い。デカいのはだいたい股下に潜るのが定石だが、尾とももの間にあんまり隙間がねえな。

 普通トカゲ系は腹の鱗が薄い。だがリザードマンは直立して戦うように進化している。これといった弱点部位はない。


 ドンガッガッガ! オッオッオッオ! ドンガッガッガ! オーオーオーオー!


 再び走り出す。

 吹き飛ばした側の余裕なのか、どっしりと待ち構えるカルカ。

 大きく飛び跳ねるような動きをフェイントに、思い切りカルカの足の小指を踏み抜く。体勢が崩れたところで、膝に全体重を込めたぶちかましを当てた。

 完全にバランスを崩し、巨体が地面に倒れる。濡れた砂地が大きく抉れた。


 俺はカルカに手を伸ばす。

 カルカは俺の手を掴むが、ほとんど自分の力で起きた。

 お互いの体についた土を払って落とし合う。カルカの大きな手がバシバシと当たるたびに、もはや打撃かと思うほどの衝撃が発生した。

 普通にいってえわ。


『良き戦いだった』

『そちらこそ。強すぎだろふざけんな』

『ははははは!』


 大歓声が沸き上がった。


 代表者同士がタイマンで殴り合い、1度は地面に倒れるまで続ける。

 負けっぱなしは許されない。先にダウンした方は、必ず相手を殴り倒さなければいけない。負けっぱなしだと死ぬまでボコられることになる。

 これで対等な同盟関係が結べるってわけだ。

 トカゲの王ってより脳筋の王だな。


「マジで野蛮だな」

「ナガがそれ言う?」


 俺の周りとカルカの周りに、それぞれの仲間たちが集まって来る。トウカが無言でヒールをかけてくれた。


「俺は愛と平和を愛するおじさんだぞ?」

「リザードマンとの殴り合い、似合いすぎですね~。ここの集落出身でしたー?」

「煽られると愛も平和も感じられなくなるおじさんなんだわ」


 俺が片手をパキパキ鳴らしながら指を曲げ伸ばしすると、ヒルネはすっと闇に消えた。技術の無駄遣いやめろや。そもそもどんな技術なんだよ。

 カルカが鷹揚な仕草で両手を広げる。


『これでリザードマンの流儀では対等な関係だ。これ以上を望むなら、改めて受けて立つがどうだ?』


 余裕たっぷりだな、おい。

 そう言われると戦いたくなってくるな。

 体が疼くのは、闘争心を掻き立てられるビートのせいか、それとも暴力の匂いが満ちる空間のせいか。


「ナガの性格だと思うよ」

「人の考え読むなよ」


 スイの言葉に一気に冷めた。

 俺は肩をすくめてカルカに言う。


『十分だ。そのうちでいい』

『いつかはやるのか! それでこそ王だな!』


 カルカは快活に笑った。

 ユエが山里に抱えられたまま近づいてくる。


「王よ、この後の流れは覚えているな?」

「流石にな」


 シンプルな流れだ。

 今夜はリザードマンに料理を振る舞われ、明日は俺らが狩りをしてリザードマンに食事を振る舞ってやる。

 この一連が祭りであり、互いに敬意を持ち互いに恩を感じ合う儀式というわけだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る