第106話

 あらゆる手段を以ってしてもダメージを与えられない竜、ヴリトラ。

 なんだそのチートモンスター。


「ユエの抉る魔法みたいなのでも効かねえのか?」

「わからん。戦ったことがないし、戦ったところで益もない」

「なるほど、そりゃそうだ。いると分かってる強敵に、理由もなく挑みに行くのはバカのやることだな」


 っつーことは、英国組はバカか、何かしらの目的があるってことだな。

 一番安易な考えとしては素材の入手だが、最近入って来る情報を思えば、他にダンジョンの核心に迫るような理由があってもおかしくない。


「私たちも割り込む?」

「どうでしょうか。とりあえず様子見でいい気もします。ヴリトラの大きさは知っていますか?」

「山を穿つような巨竜だ」

「では、倒したとしてもその全てを回収することは出来ないでしょう。ハイエナのようですが、彼らが挑んだ跡地の調査と採集でも、十分な結果を得られるかと思います」


 トウカの言葉に俺たちは頷いた。

 ノーリスクで多少なり戦果を得られるっつーなら、わざわざ巨竜と戦う必要もない。

 話を終えた英国組がテントを張るところまで見届けると、俺たちも交代で見張りを立てながら、それぞれ自由に過ごすことになった。


「エルフの里の近くに、ちゃんとした水源地があるみたいですよ~。牡羊の会の若い魔法使いさんが言ってましたー!」


 ふらふらと探索していたヒルネが戻って来て言った。


「洗濯とかできるかな?」

「飲料用以外の水を補給するチャンスですね」


 スイとトウカが嬉しそうに出かけていく。比嘉ひがも腰を浮かしかけたが、ドローンのある現代だと荷物持ちの男は要らない。

 俺が肩に手を当ててにっこり笑うと、諦めた顔で見張りに戻った。


 ふらっと近場を歩き回る。

 牡羊の会がインフラ整備を進めているのか、足場しかなかったはずの場所に、小型の発電機やケーブルが通されたりしている。

 遠くでは必死に穴を掘っている理事たちがいた。数人のエルフに見張られながらの強制労働だ。高級そうなスーツは泥だらけ穴だらけで、すでに浮浪者のような見た目になっている。だいぶ体は締まってきた印象を受けた。


「ふーむ、だいぶ発展してきたな」

「そのうち、まともに拠点として運用されるだろうなァ……。そんときゃァ俺はもう少し深いところで新拠点でもォ作るかァ……」


 なんか角が取れたな。この短い期間でも、エルフの里での開拓生活はメガネの精神に良い影響を与えたようだ。

 変な言い方かもしれないが、生きがいを見つけたのかもな。

 生きるために何かをするから、暴力という「手段」の頂点が生き様になる。何かをするために生きるようになったから、表情も柔らかくなった。

 知らねえけど。そんなところじゃねえかな。


「新拠点か。あいつらがヴリトラ討伐を目指している間、新拠点の候補地を探してみるのも良いかもしれねえな」

「そうしてくれ。ここが便利になったらァなやつらも続々と流れ込んでくるだろうしなァ……」

「そういう理由もあるか。確かにな。人が行きたがらない場所が居場所だもんな。牡羊というよりはドブネズミだ」

「言ってろォ」



 1晩をエルフの里で過ごし、俺たちはアーサーらが深い階層へと潜っていくのを見届けた。

 マップの位置情報を交換し、信号がロストした場合に通知が鳴るようにもした。これで互いに、死んだか不意打ちを狙えば分かるって仕様だ。


「さーて、俺たちも潜るか」

「なんか拠点らしい拠点があると、改めて地上から潜るような感覚になるね」


 スイの言葉に頷く。

 ツヴァイハンダーを肩に担ぎ、階段を下りた。


 地下40層までは安定した探索だった。特に彷徨う実力者ワンダリングボスなんかと出会うこともなく、堅実に進んでいく。

 問題は41層に降りた時点で発生した。


 ツヴァイハンダーで雑に下草を刈る。

 複数の草をまとめて斬り飛ばせば、青臭さとしめっぽい空気が広がった。

 しゃがみこんで断面を観察すると太い維管束が見えた。指でなぞればじっとりと水気を感じる。拾った葉にも水滴がついていた。


 近くの木の表面に触れるが、水気は感じ取れない。


「あぁ、ちょっとダルいな」

「ダルい?」


 スイが首を傾げる。


「全員集合」


 俺の言葉に仲間たちが集まって来た。

 単独で偵察に出ていたヒルネも戻って来たのを確認してから、話をする。


「水源地が近い。おそらくこの辺りも地下水が流れているな。水源地は大型のモンスターが集まりやすい。離れて通るぞ」

「水源地に大型モンスターですか。サバンナのようと言いますか、自然環境という意味ではどこも同じなのですね」

「そうだな。川や湖にぶちあたらないように偵察しつつ、植生が変わる方向を目指すぞ」


 水辺に近い場所とそうでない場所では、遠目に見ただけでも植生が変わってくる。


「地下水か……」

「ユエちゃん?」

「いやな、もしかすると、あいつらの縄張りに近いかもしれない」

「あいつら?」


 ユエがスイに向かって言う。


「リザードマンたちだ」


 音を立て、近くの地面がめりめりと盛り上がる。

 まるで泥から頭を出すワニのように、縦に裂けた瞳孔が土の中から現れた。

 赤茶色の鱗、鋭い歯が並ぶ巨大なアゴ。


「言ったそばからかよ」


 ツヴァイハンダーを向ける俺に、ユエが手をかざして制止する。


「待て。意思疎通できるかもしれん」

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