第105話

 ギャアギャアと騒がしい声に囲まれる。

 俺たちを包囲するラプトルの群れにツヴァイハンダーを向けながら、なんとなく集中しきれずにいた。

 ボスとして1匹が出てきたときには、それなりに危機感を覚えていたんだがな。

 たった1人で深層暮らしをしていたときも、出来るだけ群れとは遭遇しないように、慎重に慎重に立ち回っていた。


 それがどうだ。


 トウカのパイルバンカーが、ラプトルの胸に突き刺さる。一撃でダウンさせ、迫るもう1体をチェーンソーで殴り倒した。

 スイが錫杖を振れば、黒曜石のような弾丸が鱗を滅多打ちにする。アヌビス形態のロボが使ってたやつじゃねえか。


 俺が前線を張るまでもない。

 出力が桁違いに上がっている。半端な竜種では相手にならなくなっていた。


「ぶもああああああ!」


 咆哮が聞こえる。

 目を真っ赤に光らせたブルちゃんが、ラリアットでラプトルの首をへし折った。その背中を踏み台にして、アーサーが天高くに跳躍する。

 上空から、全身を使っての振り下ろし。輝く聖剣が、ラプトルの頭を兜割りにした。


 汚れ1つないツヴァイハンダーを背中に担ぎなおす。


「楽勝か?」

「出る幕もなかったな」


 活躍していない方の勇者が言った。

 アーサーが俺に視線を向けたのを感じる。ガン無視し、仲間が倒したラプトルの素材回収を手伝った。

 それにしてもユエの授業の成果エグくないか? 何をしたのか、ちゃんと聞いた方がいいかもしれねえな。



 巨大樹の階層に入ると、すぐにエルフが姿を現した。身構えるアーサーたちを手で制する。


「この辺りのエルフはうちで保護してる。絶対に手を出すな」

『出したら?』


 アーサーが挑発的な表情で訊いた。


「下らねぇ質問すんな。人間に好意的なモンスターが敵対モンスターを排除してくれる、レアな安全地帯を失うだけだ」

『拍子抜けだな』

「喧嘩したかったのか?」

『喧嘩、ねぇ』


 アーサーは意味深な笑みを浮かべる。

 気持ち悪い奴だ。

 さっきの聖剣を使った動きは、目を瞠るものがあった。身体能力を引き上げるタイプの能力に、聖剣が関係しているのは間違いない。

 素手での殴り合いで俺の力を測り、聖剣込みなら勝てると踏んでいるのだろう。イラつくぜ。


 配信されている都合上か、それとも正当防衛的に殺す機会を狙っているのか、ダンジョン内では俺に手を出させようとしているように感じられる。


「もしエルフに手を出すようなら、俺はお前を素手で止める。期待することにはならねえよ」


 アーサーはつまらなそうに舌打ちをした。

 そろそろ俺の苛立ちも限界に達しそうだ。


「おお、ナガァ……。随分と早い出戻りだァ」


 喉の焼けた声がした。

 のそりと出てきたのは、ずいぶんとくたびれた格好のメガネだ。そんなに期間は経っていないのに、いやに久しぶりな感じがする。


「なんかイギリスの頭アヘン勇者を案内することになってな。ここより下に潜る拠点として使うらしいが、ちょっと不安が多い。見張るの手伝え」

「ほォ」


 メガネの服装は、水洗いでは落ちない草や泥の汚れで、濃いモスグリーンの戦闘服になっている。伸びかけているゴマ塩のヒゲもあいまって、森の仙人になり始めているな。

 メガネがじろじろとアーサーらを無遠慮に眺める。白目に浮く血管が生々しい。不衛生な環境で生きている証だ。


「ふん。巨木にウロを掘ってるゥ。お世辞にも良い環境とは言わねェが、テントよりは快適でェ安全だ。好きに使え」


 アーサーは薄汚れたメガネを数秒見つめてから、すぐに白けた顔をした。


『原始的な穴ぐらで暮らす趣味はない。それよりも、エルフの里長はどこだ?』

「じきに来るゥ」


 メガネは侮蔑の言葉に反応せず、穏やかな口調で返した。

 それでも、俺と同じタイミングでアーサーに近づいた辺り、鈍ってはいなさそうだ。

 キーティアはポンコツの役立たずだが、一応は里長だ。キーティアが殺られるようだと、俺ら日本人のメンツが丸潰れになっちまう。


『おお、よく来たの! って、げぇ! ノーライフキングもいるではないか!』


 阿呆丸出しの声がした。

 数人のエルフに付き添われ、キーティアがとことこ歩いてくる。ユエと目が合い、お互いに歯を見せて威嚇しあった。


『これがエルフの里長……。王ではない、のか?』

『違うみたいね。王特有の意志を感じないわ』


 アーサーとポピーは肩をすくめ、落胆した様子を見せた。それから、わざとらしい笑顔をキーティアに向ける。


『初めまして、エルフのお姫様。私たちは翼無き大型竜――ヴリトラを探しているの。情報は持っていないかしら?』


 どうやら複数の目的を持って日本のダンジョンに来たようだな。エルフそのものは興味から外れたのを感じて、対応をメガネに任せた。

 俺はユエに耳打ちをする。


「キーティアは王じゃないのか?」

「エルフが世界に挑み、打破する意思を持つと思うか?」

「ないな」

「そういうことだ。エルフから王は生まれん。あやつらはただの風見鶏だ」


 ひどい言い草だが、納得できる部分しかねえな。


「じゃあ、ヴリトラは?」

「噂程度には聞いている。やつらの狙いは正しい。どこで情報を手にしたのやら……ここから直下に降りて行ったあたりに巣食う竜種だな」


 俺がユエから具体的な情報を聞いているのに対して、キーティアのうろ覚えで曖昧な情報を、英国組は興味深そうに聞いている。聞く相手を完全に間違えてるぞ。


「倒したらなにかあんのか?」

「さて。倒せた者がいないからな」


 ユエの答えは端的だった。


「手も足も翼も無ければ、目も鼻もない。その代わり、いかなる手段を以っても傷ひとつ付けられない。それがヴリトラという竜だ」

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