第104話

 戸惑いながらもそもそと食べ始めたユエ。

 その様子をしばらく眺めていると、山里が深刻な表情で変なことを言い出す。


「こうなってくると、急いで俺らも強くならなくちゃな」

「なに言ってんだ?」

「いや、一応俺らも仲間だろ? 永野たちのところは、方向性はなんかアレだが、ちゃんとパワーアップしてるじゃねえか。俺らのところはパッとしねえからな」

「そうか?」


 山里のところは安定していて頼もしいんだがな。

 なんか放っておいても生きている感じがするっつーのは、共闘する上でとても大事だ。地味な働きがちゃんと噛み合って、結果的に大きな失敗をせずに手堅い結果を出す。

 あと地味だからこそ、大駒のヘイトコントロールを出来るのも有能だ。ユエと戦うときも、注意を向けられずに骨と戦っていたかと思えば、急に注目を引いたりなど、かなり効率的な働きをしていた。


「いや、強化は急務だろう。王よ、じきにお前以外死ぬぞ」


 ユエが真剣な目で言った。これまでとは違い、本気で俺たちを案じているような顔つきだった。


「死ぬか? 少なくとも地下45層くらいまでは死なないだろ」

「うーむ、それはそうなんだが……45層では済まないだろう。それに、そこまでの区間であったとしても、彷徨う実力者ワンダリングボスに遭遇すれば、呆気なく殺されるだろう。そもそもの基礎スペックが違う」


 山里が千切れそうなくらい首を縦に振る。


「そうなんだよ。基礎スペックが違うってところなんだよな。そのうち、チームワークや小細工すらも、力押しで破壊されそうでさ」

「あれ?」


 スイが首をかしげる。


「そういえば、なんでダンジョンのモンスターって強いの?」


 俺たちは一斉に考え込んだ。

 そんなことを考えたこともなかった。そういうもんだと思っていたからだ。

 詰んだ世界たちが繋がったものがダンジョンだというなら、人間に近い種族にせよ、野生動物にせよ、もう少し近しい強さじゃないとおかしくねえか?


「神の影響かもしれんな。王のように、ダンジョンと繋がる前の世代は、魔法が使えないのと同じだ。ダンジョンに種として馴染むほどに、神話の時代に語られるような力を取り戻していくだろうよ」

「取り戻す、か」


 じゃあ、俺たちはそれまでの時間稼ぎでもしないといけねえかもな。

 世界を守るだなんだと考えりゃ荷が重すぎるが、ちょっくら時間稼ぎくらいなら出来るかもしれない。


「ってなると、やっぱロートルの俺らは、あの気持ち悪い苗でも食わないと強化されないのか?」


 山里は心の底から嫌そうな顔をする。


「うーむ、少なくとも魔法の才能があるやつらは、強化の余地があるが、勇者と王は魔法の才能がないからな」


 がっくりと肩を落とす山里を、シャベルマンが背中をトントン叩いて励ました。


「じゃあ、山里さんだけ死んじゃうんですね~ナムナム」


 ヒルネが手を合わせる。山里の目に汚ねえ涙が光った。

 ユエが指を立てる。


「それでは、魔法について講義をしてやろう。まずお前たちは、魔法という概念そのものについて理解していないのに使おうとしているから、ぶっさいくな魔法になっている。猿が火のついた枝を振り回すのと変わらん。魔法は科学だ」

「とても科学的とは思えない事象も起きますが」


 トウカが反論する。しかし、ユエは余裕たっぷりに首を横に振った。


「科学だよ。科学なんだ。神がいる世界と、神がいない世界を同列に語ってはいけない。人だけの世の『人理科学』と『神話科学』では法則が何もかも違ってくる。地球世界の宇宙とて、素粒子のひとつが存在しないだけで、大きく法則が異なるであろう? いわんや神をや、だ」


 俺は大きく頷いた。

 そして山里と目を合わせる。


「難しい話だな」

「そして関係ない話っぽい」


 どうやら共通認識を持っているようだ・


「よし、逃げるか」

「洗い物するぞ」

「よし、逃げるか」

「逃がさないからなぁ!?」


 俺は山里にがっしりと肩を掴まれ、強制連行された。

 マイクロファイバーのウエスで鉄板を擦りながら、ぼんやりと考える。

 なんか、世界が大きく変わる節目に立っている。


「いまいち現実感が湧かないって顔してるな」


 山里が食器を洗う手を止めずに言った。


「湧くかよ。俺は元々はチンケな冒険者だぜ? こんなおじさんがいきなり王だの呼ばれて、法則すら変わっていく世界を背負ってるんだ。笑い話だろ」

「成しちまったもんは仕方ないからなぁ。あんまり深く考えないで、これまで通りにデッカい剣ぶんぶんしてれば良いんじゃね?」


 山里の言うこともまた真理なのかもしれねえな。

 世界を背負ってどうこうと考えたところで、具体的に何をすればいいかなんて俺にはわからねえ。

 目の前の敵と1つ1つ戦ったり、ユエみたいに和解していくしかないのかもな。


 洗い物を済ませた俺たちは、話し込んでいるやつらを無視して先に眠りについた。

 翌朝、目が覚めると魔法を使える組はまだ起きていた。


「啓蒙! 啓蒙!」

「これが真理! また一歩真理!」


 火を囲んで謎の舞を踊っている。魔法は科学じゃなかったのかよ。


「ダンジョンで夜更かしとは余裕だな、おい?」

「あ、ナガ。おはよう」

「おはようございます。有意義な一夜でした」


 はっと我に返った奴らに挨拶される。寝不足で不注意起こして事故死しても知らねえぞ。


「ユエ、お前は寝なくていいのかもしれねえが、人間は寝ないと弱体化するんだ」

「うむ、忘れていた」


 拠点の片づけをし、俺たちは階段を上がった。他のパーティーが野営している拠点に、緊急事態でもないのに後から入るのはマナー違反だ。

 朝も早いというのに、アーサー達は既に待機していた。


『今日中にエルフの里に行けるのか?』

「当たり前だろ。すぐだ。ここからは一緒に行動するぞ」

『足を引っ張るなよ、怖かったら後ろから行先を言うだけで良いからな。英語で』

「逆にそっちは足引っ張っても構わねえよ。それくらいで危機に陥る俺らじゃねえ」


 俺はアーサーの頭のテッペンから足の爪先までを、交互にじろじろと見た。

 アーサーは全身で不快を表現する。

 俺は鼻で笑った。


「行くぞ。ついて来い」

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