第103話
アヌビスの存在に気付いたか、気づいていないのか。マップを開いてみるが、アーサーたちに動きはない。
まぁ俺らが逆の立場だったら、妙な気配があったら動かないわな。
さっさと次の階段に移動して拠点の設営をする。
逆茂木とシャッターを組み合わせたような金属の柵を引き、その表面を指で撫でた。
うっすらと錆が生まれ、ぽつぽつと丸い盛り上がりがある。
「なにか考えてるの?」
「ああ、まあな。お前らとダンジョンに潜るようになって、こんな便利なものがあるのかと驚いたもんだが……。いずれこういうのは通用しなくなっていくんだろうな」
「そうだね」
スイも一緒に金属の柵に触れた。指先に黒い油のようなものがついている。それを何気なく俺の服で拭った。
「人工的な設備が通用しなくなるのが深層だもんね。ナガはどうやって過ごしてたの?」
「マジで息を潜めるばっかだな。木のうろに隠れたり。どんどん深くなるにつれて、階段が安全じゃなくなるんだよ。何かで防備を固めて、みたいなことは考えもしなかった」
俺は服のすそを持って、それを山里にこすりつけた。
簡易的な焚火台で炭をおこし、鉄板を上に乗せる。ドローンのコンテナから適当に採取してきたものを引っ張り出した。適当に食えそうなものをより分ける。
「で、ユエ。そろそろ持ってる情報をキリキリ吐け。いい加減諦めろ。お前の王国はもうねえんだ」
鉄板にオークの脂身を置く。ちりちりと音を立てながら、鉄板に脂が広がっていった。
ヒルネに抱えられているユエは、悔しげに下唇を噛んだ。
「そもそも、王ってなんなんだ? 王になったからって何かあんのか?」
脂カスを捨てて、拾ってきた果物のようなものを放り込む。湯気が立ち上った。
ユエは渋々といった様子で口を開く。
「以前にも言ったかもしれんが……王とは、率いる者だ。まず前提として、ダンジョンに繋がる世界は『詰んだ世界』なのだ。それは理解しているな?」
「実感はねえがな」
資源や環境の話にしても、宇宙空間だって広がっているんだ。まだまだ可能性はあると思っているんだが……神の目から見れば違うってことなのかね。
「詰んだ世界がそのまま過ごしていても滅びを待つだけだ。何者かが打開をしなければいけない。多くの同族を背負い、仲間たちを率いて世界の打開を図る。それが王となる」
まさにロボのことだな。あいつもワーウルフの仲間を率いて、地上に活路を求めていたな。仲間を率いて打破を狙う王そのものだった。
「その王の進撃を阻み喰らった者も王となる」
「条件はわかった。ロボを倒して食ったから、俺も王になったっつーことだろ? で、その王になったからってなんか良いことあんのか?」
「ない」
「ねえのかよ!」
火の通った果物を脇に寄せて、オークのバラ肉を焼き始める。一気に良い匂いが広がった。やっぱ肉の脂が焼ける匂いはたまんねえな。
手が空いているトウカに、適当に味噌だれを練ってもらう。味噌、酒、砂糖でいいだろ。
「普通、そういう称号を得たらなんかパワーアップしたりするもんだろ?」
「しない」
「ひでえな。勇者以下じゃねえかよ」
「おい」
山里がつっこむ。けどお前、勇者扱いを嫌がってる割に、今のメインウエポンは聖剣だよな。
「王になると、神との遭遇率が跳ね上がる。理由は知らん」
「それはデメリットじゃねえか」
「人里で暮らす虫の気分が味わえるぞ」
あんな命の危機を何度も感じるのは勘弁だな。
肉と果物を合わせ、味噌だれと輪切り唐辛子で和える。そこに薄切りにしたジャガイモをいれ、アルミホイルをかぶせて火から遠ざけた。
「それと、他の種族を従えられるようになる。どういうわけか、心理的な障壁が低くなるというか、リスペクトみたいな感情が湧きやすくなるんだ」
「ほう。ほーう?」
食器を用意していたスイがにやりと笑う。
「じゃあ、ナガのことリスペクトしてるんだ」
「やめろ!」
ユエがじたばたと暴れた。しかし、ヒルネに上手いこと力を逃がされて、抜け出せずにいる。
しっかし、悪辣なシステムだな。
詰んだ世界を集めることで、それぞれの世界の住人が状況の打開を図る。
そこで生まれた王たちが戦うことで、従えたり滅ぼしたりで統合が進んでいく。まるで、戦略シミュレーションの舞台のようだ。
「ってことは、なんつーのか……永野はどんどん他の王を倒していかなきゃいけないってことか?」
「あまりにも大雑把な要約になるが、そういうことだな。地球人類を守りたければ、だが」
地球人類を守る、ねえ。
なんとも大層な役目を背負わされてしまったものだ。
俺がダンジョンに潜るのは、それしか出来ないからだ。最近はロボだのユエだの、大きな仕事を受けがちだとは思っていたが……。
「俺以外に王はいないのか?」
「理論的には他にも王は存在しうる。その者に委ねるのも悪くないだろう」
とは言っても、「我こそが王でござい」だなんて名乗り出るやつもいないだろう。
俺はちらりとドローンの表面を見た。とんでもない速さでコメントが流れている。今日は新事実祭りみたいなもんだからな。
特に、今の地上がダンジョンの地下階層になるという話は、全世界に大きな衝撃を与えることだろう。
「やるだけやってみるか?」
「今の形でやっていくのでしたら、成果を出さなければ政府などに取り込まれてしまうでしょうね」
トウカが深く溜息をつきながら言った。
その通りだな。それも、まだマシな方向性としてそうだろう。最悪、俺を殺して食う、なんていう選択肢が出てきてもおかしくない。
成果か……。
俺はアルミホイルを外した。
甘くてしょっぱくて辛い、肉の炒め物が姿を現した。
「よし、出来たぞ。食え」
「この話の流れで飯かよ」
山里が呆れた様子で取り分け始めた。
「こういうときだからこそ、飯だ」
食わねえと、明日死ぬかもしれないんだからな。
早速一口食べたスイが目を丸くする。
「慣れないけど美味しいかも?」
「東南アジア感? ありますねー」
ヒルネも不思議そうな顔をしているが、箸は止まらない。
俺はユエにアゴをしゃくった。
「要らねえかもしれねえが、食え。仲間は一緒に食うもんだ」
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