第101話
エルフの里に着くまでの野営場所について、少しばかり揉めた。
俺たちが階段で野営の準備をしようとすると、すぐに追いついてくるのだ。
俺らはアーサーのパーティーを信用していない。その上、戦力的にも危機感を抱いている。
だというのに、俺らの野営ポイントの近くに寄るなと伝えたところ、ポピーが強硬に反対したのだ。
『折角の合同ミッション! 親睦を深めましょうよ!』
「シャベルマンと遊んどけよ。仲良しだろ?」
『違いますけど!?』
俺はブルちゃんをアゴでしゃくって示した。
「そもそも、あれが安全な味方なのかも俺らは知らねえんだわ。急に暴れられても困る。殺処分していいなら、今すぐしてるところだ」
『そのことなんだけど、変な話ね』
ポピーは心底不思議そうに言う。
『あなた達の中にもテイマーがいるんじゃないの?』
「テイマー?」
俺たちは首を傾げた。
ポピーの表情が引きつる。震える指でシャベルマンとユエを指さした。
『じゃああの2匹はどう管理しているの?』
「シャベルマンは人間だ。ユエは、なんか大人しくしてる」
そういえば、特にユエの行動を縛ったりしてねえな。
話も通じるし、協力的だ。何より、元人間ということで価値観の共有が出来ているのが大きい。
暴れたところで即座に鎮圧出来るメンバーで周囲を固めているが、逆に対策みたいなものは、それくらいしかしていないな。
あと、シャベルマンはモンスターじゃねえよ。意思疎通できているか怪しい人間なだけだ。
『はぁ!? 何も処置を施していないモンスターを自由にさせているっていうの!?』
「ブルちゃんも顔に麻布被せてるだけじゃねえか」
『魔法的な処置はきちんとしているわ!』
ポピーがブルちゃんのレザースーツを剥ぎ取ると、剛毛に覆われた胸板に、5つの杭が埋め込まれていた。
「ほーん、それで操ってるのか」
『まぁね』
「なるほど、そいつは良かった。だがその技術に対して信用がおけると決まったわけじゃねえ。野営地は離せ。こっちにはコントロールされてねえモンスターがいて、そっちにも身の危険があるんだ」
『ぐぬぬ……こっちにはアーサーがいる。そっちにもアーサーと喧嘩できるあなたがいる。お互いに安全は保障されているんじゃないかしら?』
俺は溜息をついて、出したばかりの荷物をドローンのコンテナに投げ込む。
「なぁ、何をそんなにこだわる? 地上でも俺らに付きまとっていたようだな。俺か? スイか? それともユエか?」
おおかたユエだろう。
テイマーってのは、言葉からしてモンスターを使役する魔法を使うやつを指す。と思う。
ユエはノーライフキングという、世界的に目撃例の少ない希少なモンスターだ。テイマーだというなら、狙っても不思議じゃない。
『そう警戒しないで。私は別にあなたの財産を狙ってるわけじゃない。共闘する上で、人となりを知りたかっただけ』
俺はポピーに指を突きつけた。
「共闘じゃない。俺らはエルフの里に案内して、お前らが変なことをしないか見張るだけだ。はき違えるな。最初から仲間じゃねえんだよ」
「ナガさん、めっちゃ洋画の『最初はとっつきにくいけど、そのうち情にほだされるオジサン』みたいですねー」
ひょこりと足元から生えてきたヒルネが言った。お前、マジで人間の死角移動するの上手くなったな。
「変なこと言うな。とりあえず俺らは4キロ先の階段まで移動する。マップにピン送ってやるから、明日の朝4時に追いかけてこい」
そろそろ日が落ちる。
ダンジョン内の4キロの移動は楽じゃないが、神経を尖らせて一晩を過ごすよりはマシだ。
俺たちは不服そうなポピーを置いて、階段から出ようとする。
『待て』
「なんだよ」
アーサーの制止に振り返った。
『生意気が過ぎると思わないか?』
「生意気っつーのは、ザコが格上を呼び止めることを言うんだ」
整った顔が歪む。
アーサーは腰に吊り下げた豪奢な装飾の長剣を叩いた。アーサーの体が薄ぼんやりと発光する。明らかに何かしらの魔法的効果を受けていた。
「配信中に殺し合いをご希望か? 受けて立つぞ。うちにだって勇者がいるんだ」
「俺ぇ!?」
アーサーが鋭い視線を山里に向ける。
『お前が東洋の勇者か。どうせ偽物だろう』
「偽物だけど!? というか一度も俺は名乗ってないよ!?」
『本物の勇者は自ら名乗らずとも、自然と周囲からそう呼ばれる。そう言いたいのか』
「そうじゃなくて!」
アーサーが腰の聖剣をもう一度叩くと、発光がおさまった。
くるりと俺たちに背を向け、言う。
『エルフの里についたら決着をつけよう。勇者を倒せば、そこのサルの正しい序列を理解するだろうからな』
俺は肩をすくめた。
抗議する山里は、トウカの最強馬力に抑え込んでもらって強制連行だ。
地下36層での強敵と言えば、まずはラプトルが思い浮かぶ。大規模な群れになっていると、危険度は一気に跳ね上がる。
そのラプトルたちが、俺たちの目の前を横切っていった。わき目も振らず、一心不乱に。何かを追っている様子でもない。
引きちぎられたツタが、臭い汁を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「気をつけろ、何かから逃げている可能性がある」
「ラプトルが逃げるってやばくない? 逃げる?」
「走るか」
慎重に進む、元の階段に戻る。色んな選択肢が頭に浮かぶが、迷っている時間がもったいない。
走り出そうとした俺たちの目の前に、見覚えのある姿が現れた。全員が
足を滑らせかけながら立ち止まる。
この深層を、まるで散歩でもするように無造作に、のんびりと歩いて出てきたそいつは。
在りし日に見たロボと同じ姿をしていた。黒い犬の頭部、人間の体。金の装飾品を身に着けている。
しかし、その体から発せられる圧はロボよりもずっと大きかった。
「――アヌビス」
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