第100話
赤毛の女性はポピーとだけ名乗った。明らかに偽名くさい適当な言い方だったが、出された身分証は本物に見える。
まぁ名前なんてなんでもいい。実物の本体が目の前にいるんだからな。偽名で暴力は防げない。
「なんか俺らのこと追い回してたよな?」
『なんのことだか』
ポピーは肩をすくめた。
のらりくらりとした態度は腹立つが、自分から翻訳アプリを起動したことだけは褒めてやろう。
何を企んでるのか知らないが、とりあえずシャベルマンに追い回されてるイメージしかねえしな。
「で、そこのデカいのは?」
アーサーとポピーの後ろに付き従うデカい男……なのか?
身長3メートル近くあるんじゃないか。胸板も厚いどころじゃないし、腕の太さも俺の胴回りくらいある。
いや、これどう考えても人間じゃねえだろ。
頭に麻袋のようなものを被り、ぴっちぴちのレザー上下を着ている。背中にはバカみたいなサイズのハンマーを背負っていた。
よく見ると絶妙に気持ち悪いな。
『あー、ブルちゃん? ブルちゃんはモンスターね。気にしなくて大丈夫かも~。エルフの里までの階層で出すつもりはないし!』
「モンスター? 本当の意味でのモンスター?」
スイが眉をひそめた。
本物のモンスターなら俺らも連れているけどな。見た目はただの幼女だが。
「なかなか大型だが、コントロール出来ているのか?」
山里も疑問の声をあげた。
このサイズが街中で暴れたらとんでもないことになるな。
一般的にモンスターの身体能力は同サイズの動物に優る。
リザードマンに変身したワーウルフでもかなりの被害を出したからな。街中で暴れられたら、とんでもないことになるぞ。
『コントロールはバッチリ! 怒らせない限りはとても大人しいわ。ね、ブルちゃん』
「ぶもっ」
はい、解決したな。絶対ミノタウロスだろ。後、絶対にどっかで怒るぞこいつ。
「よーし、めっちゃ距離とって進むぞ。俺らバギーで先行するから、半径100メートル以内に入んな」
『あ、ちょっと待って!』
ポピーの声を無視し、ダンジョンに入り口にぞろぞろと向かう俺ら。その背中にアーサーの声がかけられる。
『怖いのか? ブルちゃんごときが』
「乗らねーよ? 喧嘩で俺に勝ってから言えよ」
『今決着をつけてもいいんだぞ』
アーサーが指の骨を鳴らした。
その後頭部をポピーが叩く。大げさに痛がるアーサーは、もごもごと不満そうに口を動かした。
『やめなさい。どっちが勝っても損しかない!』
ポピーは腰に手を当てて怒る。すっげえ、映画でしか見ないような仕草するな。
「じゃあ、そういうことで」
俺らは地下1層に降りてバギーに乗り込む。
しばらく触っていなかったせいで、埃が積もってやがる。うっすら黄色いシートを撫でると、触った部分だけ艶やかな黒色が顔を覗かせた。
引っ張り出したシートベルトからも粉が舞う。
なんかちょっと臭いな。合成繊維のメッシュを指でこすると、赤黒い粉がとれた。俺の血じゃねえかよ。
エンジンが重たい音を立てた。
今回も俺の隣は山里だ。ユエは膝に抱えておく。
「シートベルトはないのか?」
「ないぞ?」
「事故を起こしたら?」
「ユエだけ吹き飛ぶ」
「絶対に道連れにしてやる」
おお怖い。
遊んでいると、のそのそとシャベルマンがやってきた。俺らのバギーの屋根上に登り始める。
「何遊んでんだ?」
シャベルマンは無言で前方のバギーを指さす。そこには、1人でバギーの全スペースを埋め尽くすトウカの姿があった。バギーのサスペンションがぐっと沈んでいる。
「装備重量ヤバすぎだろ」
「トウカちゃん、来年くらいになったらほぼ戦車になってんじゃねえか?」
「二足歩行戦車はロマンがあるな」
トウカが車両を独占したせいで追い出されたシャベルマンが、俺らの方に来た?
いや、それでもまだ分乗出来るだろ。俺ら9人+1匹なんだから、まだ座席に余裕あるぞ。
シャベルマンはバギーの屋根にどっかりと座り込んで、涼しい顔をしている。こいつが良いならそれでいいか。何考えてるかわかんねえしな。
山里も慣れた様子で、そのままバギーを発進させた。
時速30キロくらいの速さでダンジョンを駆け抜ける。他の探索者が潜っていない分、かなり動きやすい。
後ろからついて来ているか知らねえが、置いていけたら御の字くらいの勢いだ。
地下20層あたりの見晴らしが良い階層までついたときに、ヒルネが大きな声を上げた。
「ついてきてますよー!」
「マジかよ」
慌てて振り返る。
墓場を疾走するブルちゃんと、お姫様抱っこされているポピー。その横を走るアーサーの姿があった。
「体力あるな」
「お前さんと喧嘩出来てるんだから、そうだろうなぁ」
山里がのんびりと言った。
そんなもんかね。なんか戦ったときに違和感あったんだよな。頑丈過ぎるというか、壊れないんだよな。打撃で殺せるイメージが湧かない。
「もうちょい引っ張って限界見てやろうぜ」
「そうするか」
俺たちは少しずつ速度を上げていった。
地下35層。樹木が多くなってきた辺りでバギーを止める。最終的には時速50キロくらい出してたか?
降車した俺はぐっと体を伸ばしながら言う。
「最後までついてきたな」
アーサーもブルちゃんもケロリと余裕の表情を浮かべていた。
俺は山里と視線を交わした。警戒度を一段階引き上げる。
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