第98話
どちらが先に手を出したか。
そんな問いが馬鹿らしく思えてくる、両者同時の頭突きが炸裂した。久々の重たい打撃に、脳すべてを痺れさせる鈍い痛みが走る。
アーサーのデカい体を力任せに引き寄せ、みぞおちに膝蹴りをぶち込んだ。
体を曲げて呻いたアーサーは、そのまま俺の腰元にしがみついてくる。
――重機みてえなパワーだ。
腹回りがぎちぎちと締め上げられた。内臓が押しつぶされる息苦しさ。コンパクトなアッパーを顔面に入れても、小揺るぎもしない。
ふわり、と俺の足が床から離れた。吊り上げられている。
「Arghhhhhhhhhh!!!!」
景色が縦に1回転した。
後頭部にとんでもない衝撃。視界が真っ白になって、真っ黒になって、脳天から鼻の奥に焦げ臭い何かが突き抜ける。
揺れる視野の中、自分の足の先に天井が見えた。
フロントスープレックスかよ。有名なバックドロップを、真正面から仕掛ける技だな。
体を横に転がして立ち上がる。
「味な真似しやがって」
マジでクラクラする。それに首がいてえ。
「Hey, it's sturdy」
嘲笑うアーサーに、今度は俺が低い体勢で突っ込んだ。
タックルしつつ、アーサーの膝裏を掴む。引き上げてプロペラのように回転させながら、窓に突っ込んだ。
ガシャン。
軽い音が鳴り、砕けたガラスの破片と共にアーサーが外に飛び出していく。
「あ」
支部長ちゃんが小さな声を出した。
「よっし、俺の勝ちだな」
「ここ、4階です」
「やったぜ」
勝利が大勝利に変わったな。
「喜んでる場合じゃないですよ!?」
窓に駆け寄ろうとした支部長ちゃんの動きがピタリと止まる。
窓枠に手がかかり、アーサーがゆっくりと身を乗り出してきた。ゾンビ映画みたいだな。
「Don't get carried away, yellow man……」
「なんて言ってんのか知らねえが、お前の価値観がロクでもねえことはわかる」
もう一度落としてやろうと足を振り上げた、そのとき。会議室のドアがガチャリと音を立てて開いた。
「そこまでだ」
「あぁ? って田辺っちじゃん」
「誰が田辺っちだ」
入って来たのは俺がいつもお世話になっている田辺巡査部長だった。
「アーサーが来ると情報が入ってな。お前と会うってもんだから、絶対にトラブルになると思って張り込んでたら、案の定だ」
「おいおい、支部長ちゃん。情報漏れてるぞ」
「はぁー……なんでこう、何もかも思い通りにスムーズにいかないんでしょうね」
支部長ちゃんは悲痛な声で言いながら頭と胃の辺りを手で押さえる。本当にごめんな。だいたい俺のせいだわ。
「アーサーは人格者って聞いていたんだがな」
俺は部屋に戻って来たアーサーをちらりと見やる。まだやる気を体に
「ナイロビ、ケープタウン、香港、ジャカルタでトラブルを起こしてる。思想はお察しだ。母国では人気があるが、人を選ぶ」
「person?」
アーサーは鼻で笑った。
やっぱそういう奴かよ。
「とりあえずお前ら逮捕だ、逮捕。頭冷やせ。現行犯ども」
どかどかと部屋に警官たちが入って来た。ご丁寧に全員拳銃を抜いている。
「あー、ちょっといいか?」
俺は大人しく両手を挙げながら訊いた。
「言い訳なら聞かねえぞ」
「いや、そうじゃなくてよ。俺が逮捕されたら、ノーライフキングの世話どうしようかなと」
「なんで爆弾抱えた状況で事件起こすんだお前は!?」
田辺が悲鳴を上げる。
俺だって起こしたくてトラブル起こしてるわけじゃない。なんか起きちまうんだ。
そもそもユエ飼ってるのだって望まぬトラブルの1つだしな。
「一応、なんか嫌な予感がしたから隼人と山里にも連絡したんだがな」
「……本人、いや、本モンスターはどこにいるんだ?」
「今はこの建物でスイに面倒見てもらってるぞ。どっか探検でもしてるんじゃないか?」
「危機管理って言葉知ってるか?」
「俺が若いころはなかった言葉だな」
田辺はこめかみをピクピクさせながら、大きくゆっくりと息を吐く。
よほどのストレスに耐えているようだ。
「その辺りの手配をする時間はやるから、どうにかしろ。この街で大事件は起こしてくれるな」
俺とアーサー両方に、手錠が手首から肘までぎっしり付けられた。これって1人1個じゃないんだな。猛獣みたいな扱いをされている。
「なんか肩こるんだが」
「我慢しろ、俺は胃が痛い」
「私は病みそうです」
俺の苦情に、もっと深刻な苦情が返って来た。マジで悪気はないんだよ。
俺と英語で不満たらたらのアーサーは、そのまま警察署に連行された。
ユエの扱いはスイに任せつつ、トラブルが起きたときのために、隼人・柚子・山里・シャベルマンが持ち回りで訪ねることになった。
大きな借りを作ったことになる。今度美味しいものを作ってやらないとな。
俺とアーサーは10日間勾留されることになった。
ざまあねえや、日本の刑事施設をみっちり楽しむといいさ。
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