第97話

 ユエが魔法を教えるということで、軽くダンジョンに潜ることになった。

 しかし理事関連のゴタゴタが済んでいないせいで、すぐにはダンジョンに入らせてもらえない。どうにかしてくれと、帰宅してすぐ支部長えまちゃんに連絡してみた。

 おおよその事情を伝え、ダンジョン1層でいいから入れないかと訊いてみる。


『マジで地下1層だけでいいんだよ。ちょっと階段の近くで魔法のお勉強して、サクッと戻る。危険も戦果もねえ』

『その魔法のお勉強が大きな戦果になりそうなのですが……』

『まぁ、そこはどうでもいいだろ』

『確かにそうですね。地下1層だけということでしたら、私が同行することで許可出来るかと思うのですが、少しばかり条件をつけてもよろしいですか?』

『面倒じゃなければいいぞ』


 自分で言うのもなんだが、わざわざ俺に頼んで来るっていうのがきな臭い。

 今日本にいる探索者の中では、俺らの評価はかなり上澄みに位置するはずだ。そこに取引を持ち掛けるということは、他のやつには出来ない仕事って可能性が高いわけだ。


 支部長ちゃんは少しばかりの逡巡を見せてから、『条件』とやらを言葉にする。


『来日しているイギリスの勇者、アーサーの案内役をしていただけませんか?』

『断る』


 そんなこったろうと思ったよ。


『即答ですか。理由をお伺いしても?』

『俺らの勇者は山里さんだけだからな』

『真面目に』

『なんか感覚的なもんだな。そもそもエルフの里に余所もん連れて行くのも好ましくねえ。だいたい、そのアーサーがエルフやユエ……ノーライフキングに攻撃したときに、俺は実力行使していいのか?』

『ああ、なるほど……』


 ぶっちゃけエルフやユエにそこまで思い入れはねえが、他人に踏み躙られたら頭にくる。

 それに、こいつらはモンスターでこそあるが、一応は俺の命令に従う奴らなんだ。俺が守ってやるのが道理だろ。


 それでも社会の方はモンスターより人間を重視する。モンスターを守るために人間を攻撃するなんて許されない。

 ならば余計な人間と関わらせないようにしてやるべきだ。


『一応イギリスでは人格者とされている方です。せめて一度会って判断してみてはいかがでしょうか?』

『なるほどな?』


 俺も立派な社会人だ。

 門前払いばかりしていても仕方がねえかもな。


『それに、彼らの実力でしたら、案内なくとも実力でエルフの里に辿り着くでしょう。恩を売った方が賢明ですよ』

『そのときは物陰からヤクルス投げつけてやる』


 出血毒に苦しめ。なんてな。

 隼人みたいに、会ってみればいい奴だったってこともあるだろう。


『まあいいさ。とりあえず支部長ちゃんの言うとおり、一回会って判断する。いつどこで会えばいい?』

『明日の昼に井の頭入り口の施設でどうでしょうか? 会議室を開けておきます』

『おーけー。ちゃんとシャワー浴びてから行くから安心していいぞ?』

『心から安心できる情報をどうも。よろしくお願いいたします』


 通話を切り、ソファの背もたれごしにユエに声をかける。


『だとさ』

『ふむ。だからなんだ?』

『つれねえな』


 ユエはもらったばかりのパジャマに着替えている。もこもこしているのに、下は短パンという温度感が理解できないものだ。ブランドものってやっぱわからんな。

 さっさと寝室に引っ込む後ろ姿を見送り、溜息をつく。

 なんとなく嫌な予感がし、仲間たちだけでなく、山里と隼人にも連絡を入れておいた。




 そして翌日、井の頭入り口施設の会議室にて。


「Are you going to let a monkey be my guide?」


 俺とほぼ同じ上背、分厚い胸板、短い金髪をジェルでしっかりと固めた髪型。彫りが深く、ケツあごなのにイケメンな海外俳優のような男――アーサーが支部長ちゃんに言った。


「日本語で話せカス。俺は英語知らねえんだわ」


 横から俺が割り込む。


「What does this cry mean?」

「あー、日本語をご存じない。なんだ。もしかしてポーランド語かヒンドゥー語なら伝わるかい?」


 なお、一人だけ翻訳アプリを立ち上げている支部長ちゃんを通し、お互いの発言の意味は伝わっている。

 決して自分の翻訳アプリを使おうとしないアーサーに対し、俺も自分から翻訳しようとしない。支部長ちゃんがいなければ、ずっと互いに英語と日本語をぶつけ合っていたことだろう。


 別に俺から歓迎しているわけじゃねえんだ。お前がエルフの里を使わせて欲しくて来たんだろ?

 こういう細かい部分の譲歩の繰り返しで、人間の上下関係は築かれるんだ。


 どちらが道を譲るか。どちらが先に席を立つか。

 そんなクッソ下らねえことを、意外と人間は無意識のうちに気にしちまう。そこから生まれた人間関係は、容易なことでは覆せなくなる。

 これを本能的にやるのが不良のイキリで、体系化したものを『体育会系』と呼ぶ。


 アーサーはわざとらしく肩をすくめた。

 俺も真似して肩をすくめる。

 互いに相手をバカにした表情だった。


 手が伸びた。

 お互いの胸倉を掴み、引き寄せ合う。

 ほぼゼロ距離で俺たちは睨み合った。なお、特に理由はない。


 ただ舐められたくない動物2匹の威嚇だ。

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