第96話
夕食を食べにビル最上階の中華料理店に入る。ちょっと価格帯が高いが、チェーン展開もしている大衆向けの店だ。
社会人が少し背伸びしたいときに入るような雰囲気だな。
店員は俺を見たあとユエに視線を向け、ぎょっとした顔をした。声は震えていたが、表情は平静を保ち席に案内する。
俺たちのことを知っていたようだ。それでも入店拒否をしないあたり、なかなか腹の据わった店員である。
適当に頼んだものを朱さんがユエに取り分けて食べさせてやっている。
ノーライフキングに食事は必要ないらしいが、味覚はあるらしい。美味しいものを食べられて嬉しそうにしている。俺の家にあるのはビール、ウォッカ、グレープフルーツジュース、柿の種の4種類だけだからな。
俺がパイコー――豚のスペアリブを骨ごとゴリゴリ齧っていると、スイが姿勢を改めてユエの方を向く。
『ユエちゃん。お願いがあるの』
翻訳アプリを通さずにそう言った。スイのやつ、エルフ語をもう話せるようになったのか!?
『なんだ?』
全ての料理とスプーン1本で戦っていたユエが顔を上げる。
『魔法を教えて欲しい』
『魔法か。確かにお前たちは不細工な魔法の使い方をする』
ユエがスプーンで俺の皿をコツコツと叩くと、パイコーの骨がカタカタ動き始めた。俺の飯をキモイものに変えんじゃねえよ。速攻でとっつかまえて噛み砕く。
つーか、詠唱なしで魔法使ったな?
『魔法の原理原則も知らずに、我らの残したものの表面をなぞるだけ。物の本質を知らず、才能に任せた猿真似をしているだけだ。伸び悩むだろうな』
ユエは偉そうに椅子にふんぞり返った。
スイは調子に乗ったガキに怒りもせず、淡々と言う。
『そう。でもこのままじゃナガの戦いについていけなくなる』
『そうか。この野蛮な男は、お前たちの王だものな』
スイの考えはユエに簡単に伝わったようだ。少しばかりの誤解を交えながら。
別に俺は王になったつもりもなければ、仲間たちを率いるつもりもねえよ。スイ達もそれぞれが独立した探索者だ。俺らの代表をしいて挙げるなら、勇者山里さんだからな?
ユエは無言で少しばかりの間、難しい顔をして考え込む。
どんな葛藤があったのか。やがて、ゆっくりと口を開いた。
『お前たち人類に魔法を教えるメリットはない』
『何かメリットを出せたらいい?』
『いや、いい。不要だ。魔法を教えよう』
一見矛盾した言葉。
『せっかく積み上げてきたものだ。自分の死ひとつで永遠に喪失するのは惜しい』
ユエに残されているのは記憶と技術だけ。もはや、それ以外に彼女のいた世界を物語るものはない。滅びた世界の寂しい末路だ。
『ダンジョンは未来の無い世界を繋ぎ合わせて延命する、世界のパッチワークだ。この文明世界の一部分になるのも良いのかもしれない……』
ユエは朱さんに貰ったばかりの服に目を落とした。
綺麗で可愛らしい服。ダンジョン内では決して手に入らないもの。そしておそらく、滅びる前の彼女の国では手に入ったもの。
『もう一人魔法を使う娘がいただろう。まとめて教えてやる』
『ありがとう』
スイは深々と頭を下げた。ユエは難しい顔をしながらそれを見ていた。
「良かったわね、スイ」
「うん」
「それでね。お母さん、2人が真剣な話をしていたから言い出せなかったんだけど――」
朱さんが店の入り口を指さす。
「あれ、お友達かしら」
そこでは店員、シャベルマン、追われていた女性の3人がなにやら騒がしくしていた。
「違うぞ」
「違う」
俺とスイは即座に否定し、視線を逸らした。
あいつらマジで何やってんだよ。つーかまだやってたのか。
『ずっと視線を感じると思っていたが、あいつらか』
ユエがそんなことを言い出す。
俺も誰かに追われているような感じがしていたが、まさかな?
人の多い場所に来ていたのと、もともと視線を集めがちだから、それのせいかと思っていたが……。
『あの女か?』
『おそらく。シャベルの男は途中からだ』
『何が目的なんだろうね?』
わからん。心当たりが多すぎる。とっ捕まえて締め上げるか。
そう立ち上がると、女と目が合った。素早く身を
取り残された店員が、唖然とした顔で俺を見る。俺も首を傾げた。
「なんだったんだ……?」
「誰なんでしょうね……?」
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