第95話
ユエは裾が波型にアレンジされたニットと、フェイクパールのついたデニムを履かせてもらっている。お上品さと可愛らしさを両立させた子供服って感じだな。
買い物に行く前は「もう終わりでいい! 十分だろう!」など騒いでいたが、外に出たら大人しくなった。なんだかんだ楽しそうだ。足を大きく振りながら歩き、たまに小さく跳ねている姿は、子どもそのものである。
「上から下まで英字ロゴとかでいいだろ」
「女の子にそれは酷だよ」
商業ビルのアパレル階って独特な臭いがするよな。
なんか異文化の空気を吸わされている気がして、俺はなんとなく苦手だ。ヤニや木材、金属粉。それに草と血と埃の臭いの方がなじみ深い。
知らず知らずのうちに、階層全体の人間の動きを目で追ってしまう。
死角が多いのと、テナントごとに違うBGMが流れているせいで、動くものの気配が掴みづらくて疲れてしまう。斥候の病だな。
小さく溜息が出た。
「大丈夫? ヒルネもアパレル多いと疲れるって言ってたよ。マネキンにも注意が持っていかれるって」
「そうなんだよな。生き物の形状してると、一瞬警戒心が出ちまう。周りの服と似たようなもん着てるせいで、擬態してるモンスターみたいな気がするんだろうな」
女性3人と服を買いに来てるっていうのに、変なところに気持ちが持っていかれている。ダンジョンに潜りすぎると、こんな弊害があるのか。
「人が多いのと視線を集めているせいもあって、後をつけられているような気もすんだよ」
「警察じゃない?」
「田辺ぇ!!」
「田辺さんは悪くないから」
俺の顔は報道でしょっちゅう上がっている。誰もが知るってほどじゃないが、有名人と言っても差し支えないくらいには知名度があるはずだ。
それがなくても高身長のせいで目立つんだ。
ちらちら寄越される視線が鬱陶しい。
犬歯を剥き出しにして威嚇の表情で周囲を見渡せば、全員がさっと顔をそむけた。中には慌てて柱の裏に隠れる女性までいる。
「よし、スッキリしたな」
「よしじゃない。それ人間のコミュニケーションじゃないからね」
「なんか最近、ちょっと犬歯伸びてる気がするんだよな」
本当に誤差レベルなんだけどな。歯を磨いているときに、なんか伸びたような伸びていないような……と疑問に感じるくらいだ。アハ体験かよってくらい微妙な変化をしている。
「本格的に人間やめようとしてる?」
「そうなんだよな。原因解決のためにダンジョンに潜れば、余計に人間から遠ざかる悪循環に堕ちてる気がするわ」
「うーん。まあいいんじゃない? 出会った時から人間ぽくなかったし」
なんならモンスターのユエの方が人間扱いされてるまであるな。
近日に着るような秋服に限らず、気の早いショップで冬服まで買ってもらっている。
女性の買い物は長いイメージがあるが、
迷うんじゃなくて片っ端から買っている。大量に買うから時間がかかるって感じになっている。面白い金の使い方をする人だ。
「そんなに買って着るのか? 俺ら基本的にダンジョンにいるだろうが」
思わず口を挟むと、朱さんは強気な笑顔を浮かべて言う。
「女の子のクローゼットは武器庫なの。使う使わないじゃなくて、たくさんあるだけで強気になれるのよ」
「選ぶのに時間かからねえか?」
「足りない手札から組み合わせるより、たくさんの中からぴったりを選ぶ方が早いわ」
「そんなもんか」
いや、そのクローゼットって俺の家じゃねえか。荷物を増やすな。
「ナガどうせそんなに服持ってないでしょ」
「ないが?」
「胸張ることじゃないよ? でも、それならいいじゃん」
「なんか気に食わねえ」
「子ども?」
返す言葉がねえよ。
ふと、背後に慣れ親しんだ気配を感じた。振り返ると、そこには1人でフラフラと歩くシャベルマンの姿があった。
「シャベルマンじゃねえか」
「みんなそれで呼んでるけど、本名なに?」
「知らん」
俺はシャベルマンに手を振った。
シャベルマンは大きく手を振り返して、こちらに歩いてくる。朱さんに手を引かれているユエがシャベルマンに気づき、「げぇっ」と嫌そうな声を出した。
変人のくせに、妙にフォーマルな格好をしている。しかし歩き方はベテラン探索者特有の、足の指から静かに接地するような消音重視の動き方。頭の高さが一定で全く動かない。
なんか怪物が人間の真似をしているような不自然さがある。
「何してたんだ?」
「変な生き物いた」
相変わらず耳に気持ちいい重低音。こいつ、普通の動きしてりゃカッコいいんだよな。
「変な生き物?」
スイが訊ねる。
シャベルマンは頷き、親指で後ろを指した。そこには柱の陰に隠れている赤毛の白人女性の姿が。ハリウッド女優みたいなボンキュッボンである。
「お前さ、海外の人を変な生き物呼ばわりはマズいぞ」
シャベルマンはわかったようなわからないような顔をし、その女性の方に向かっていく。女性は焦った顔で逃げ出した。
いつか逮捕されるんじゃねえかな。
シャベルマンが去ってユエがほっと息をつく。
「あいつ、なんか怖いんだ」
ユエは俺たちを上手いこと出し抜いて逃げようとしたところ、シャベルマンに捕獲された過去がある。なんとなく苦手意識があるようだ。
俺たちはドタバタと追いかけっこをするシャベルマンと女性を、見なかったことにした。
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