第94話

 コメント欄の説明を流し読みした。

 どうやらアーサーというのは、イギリスの超有名探索者らしい。最強か……と問われれば疑問が残るらしいが、聖剣を抜いて保有しているとのこと。


「ほーん、勇者山里みたいなもんだな」



:違うだろ

:押し付けられ勇者とは違うわ

:不遇勇者と一緒にするな



 同じだろ。我らが聖剣の勇者をバカにすんなよ。

 それでアーサーってやつはヘルハウンドと呼ばれるモンスターを討伐し、一気に名を上げたらしい。

 黒い犬の伝承か。イギリスらしい話だな。


 しかしエルフの里を使いたい、か。

 確かに深い階層にアプローチしていく上で、本格的な休息をとれるエルフの里は、今後重要な拠点になっていくことだろう。

 だが、信用できない人間をエルフの里に行かせたら、また牡羊の会みたいな事故が起きるんじゃねえか?

 理事のように非力なザコなら大したこともできないだろうが。


「まぁ、俺には関係ないか……」



:絶対あるぞ

:間違いなくお前が担当だろ

:逃げんな北京原人

:発端はお前だろがい

:責任と向き合え



 関係ないだろ、そういうのは隼人か山里にやらせておけ。

 それにしてもノーライフキングの服か。全く見当がつかねえな。そういうのに詳しくねえんだ。


 ――スイに訊いてみるか。


 俺は配信をぶつっと切った。

 スイに連絡を入れつつ、コメントで気になったことをノーライフキングに訊ねてみる。


『そういえば、お前って名前あんの?』

『失礼だ! 元は人間だぞ。名前くらいあるに決まっている』


 ノーライフキングは口を尖らせ、小さなげんこつを突き上げる。


『ユエと呼べ。真名まで教えるほどじゃない。世界樹臭いしな』


 ユエか。中華風な雰囲気のある響きだな。


『んなこと言ってると、服買ってやらんぞ』

『良い匂いだな!』


 そこじゃねえんだよな。

 スイから連絡が返ってきた。買い物に付き合ってくれるそうだ。スイの母親のあかりさんも来るらしい。

 俺はユエを風呂に放り込んで、自分も外出の準備をした。



 服を買いに行くときの最大の問題。それは買いに行く服がない、というものだ。

 ユエの場合は合うサイズの服そのものがない。

 色々考えた末に面倒くさくなり、俺の服何着かでくるんでやった。ミノムシみたいになったユエを担ぎ上げる。


『ひどい扱いだ。正当な取り扱いを求める』

『捕虜かよ』

『捕虜だ』


 そらそうか。

 捕虜の扱いは丁寧にしねえとな。明日は我が身だ。

 ぐるぐる巻きのユエの写真をスイに送ると、一度家に来るように言われた。




「あらあらあらあら。すごい団体さんね。スリッパ足りるかしら?」


 タワマンのエントランスで、出迎えにきてくれたあかりさんが頬に手を当て、困ったように言う。

 俺とユエの周りを警察官が10人囲んでいる。


「こいつらは仕事中だからお構いなく」

「あら、それだとなんだか悪いわ」

「勝手についてきてるだけだしな。あとは着替えさせてちゃんと手を繋いで歩くから散った散った」


 警官らはひたすらに困った顔をしている。

 彼らも、俺が連れているのはそもそも人間じゃなくてモンスターだと理解している。法的になんら問題はなく、逮捕する理由もない。だが俺を野放しにしていると、市民からの通報がすごいことになるそうだ。

 とりあえず囲んでおけば、市民の皆様も安心だろうということらしい。土佐犬か?


「そういうことでしたか。あらあらあら。それじゃあ後は私が良い感じにしておきますので、ご安心くださいな」


 あかりさんが警察官に名刺を手渡し、お巡りさんパーティーは解散になった。除霊のおふだかな?

 スイの部屋に久しぶりにお邪魔する。


「あー、ナガいらっしゃい。お母さんが迎えに行きたいって言うから任せちゃった」


 ソファでくつろいでいるスイがひらひらと手を振った。

 半袖短パンで体育座りして、スマートウォッチで何やら眺めている。


「おう、邪魔する」


 短パンには中学校の名前がかすれた文字でプリントされていた。卒業した学校のジャージを家で着るのは、どの時代でも共通なのかもしれない。

 スイはちらりとユエに視線を向けて、また見ているものに戻した。

 あかりさんが可愛らしい子ども服をユエに当てて。


「うーん、スイが小さかった頃の服は一応残してあるから、いくつかはサイズ合うと思うんだけど……何歳くらいの頃のがいいかしらね」


 などと満面の笑みで言う。


「なんか楽しそうだな」

「うん、お母さんああいうの好きだから。たぶん長くなるよ。私も小さい頃大変だった」

「うへえ。でも2人きりにするわけにもいかねえしなぁ」

「お母さん強いから大丈夫だと思うよ? 会社の魔法装備は色々あるみたいだし」

「マジかよ」


 あかりさんって戦えたのか。

 ユエが小さいうちは大丈夫か……?


「あらあらあらあらうんうんうん、これも似合いそう! 着替えましょっか!」


 ユエの手を引いて別室に消えていくあかりさん。何かトラブルが起きるとも思えず、俺は手をひらひら振って見送った。


 ――そして1時間後。


「あら~! これもカワイイ!」

『助けてくれ!!!!』


 まだやっていた。

 部屋から飛び出してきたユエが、再び引きずり込まれていく。

 空しく宙に伸ばされた手を、なんとも言えない表情で見送った。


「ね? 長かったでしょ?」


 スイはそう言ってあくびをする。

 俺もなんとなく眺めていた柚子の配信に目を戻した。打倒北京原人とかいう謎のタイトルで、修行配信みたいなことをやっている。妙に必死で見ていて面白い。


「ああ、服買いに行く時間が残ればいいな」

「それも絶対長いから覚悟した方が良いよ」

あかりさん来るのか……」


 楽しみなような、楽しみじゃないような。妙な気分になりながら、俺は配信にコメントを送った。


:空中でのターンへったくそだな

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