第89話
「――要求を言え。金か?」
まだ何もしていないっつーのに、浅い呼吸をしながら理事が言った。
おいおい、この話の流れで金だなんて、マジで現場のことを理解してねえんだな。
「なに? こいつらってダンジョン潜ったことねえのか?」
俺は
ねえのか。どおりでこんなことになってるわけだ。
他人が命懸けてやってる現場に、何も知らねえで偉そうに口を挟む。まぁ、そこまではギリギリ許そうじゃねえか。企業でも政治でも、似たようなことは幾らでもある。
だが、それで失敗して命が失われたなら、きっちり責任をとるっつーのが筋だろう。
俺たちがダンジョンから戻って来るタイミングだって分かっていただろうが。
牡羊の会にどれだけ死傷者が出て、どんな状態で戻って来るかも分かっていただろう。
なんで誰も来なかった?
いや、答えは求めねえけどよ。だいたい分かるからな。
「まずはよ、頭を下げるのが常識だろ?」
「ぐっ……ぬ……」
ジジイはよほど高いプライドでもあるのか、俺を見上げて顔を震わせるばかりだ。
その頭を掴み、ゆっくりと時間をかけて床まで押し付けてやった。ソファから引きずり落とされ、苦悶の声を漏らす。
俺は怯えながら遠巻きに見ている他の理事たちを睨んだ。
「他人事じゃねえよ。お前ら」
全員が大慌てでひれ伏す。
俺はジジイから手を放した。床に頭を押し付けた姿で固まっている。
「俺はな、思ったんだよ。お前らさ、死から遠い場所にいすぎたせいで、死ぬ怖さがわからなくなってるんじゃねえか? いや、言っても伝わらねえよな」
高度に仕組化されているせいで、死に近い人間と死から遠い人間が二極化しすぎている。死が目の前に迫る人間がいれば、死をファンタジーの出来事にしか見られない人間だっている。
俺らダンジョンに潜ってる人間は、死と踊ることを自分で選んだ。平和な街で暮らす人間が死から遠ざかるのも、何も悪くねえ。
だが俺たちに「死んで来い」と言う人間が、死を理解していないってのはちょっとよろしくない。そうだろ?
「だから、思ったんだよな。協会のお偉方も、ダンジョンに招待して差し上げようってな。エルフの里長もてめえらを歓迎してくださるそうだ。牡羊の会の生き残りも何人か、深層で待ってるぜ」
「なぁっ、それは……!」
がばりと顔を上げたジジイを上から踏んで頭を下げさせた。
「
踏まれていない理事たちも、一層頭を床に押し付ける。
ただでさえ俺らを見下すような高い場所でぬくぬくしてんだ。せめて下げられる限り頭は下げとけ。
「あー、だがそうだな? 全員を送り込むのも手間だ。てめえらで選ばせてやるよ。1人だけダンジョンにご招待だ。誰にする? ああ、自分で自分を推薦したって良い。おい、お前は自分にするか?」
「い、嫌だ! あいつだ! あいつでいいだろ!」
ジジイが必死で別の理事を指さす。それを皮切りに、全員這いつくばった状態での醜い言い争いが始まった。
「何を言うんだ! 老い先短いお前が行け!」
「議員の後ろ盾もないやつがわしに『お前』だと!?」
「この状況で後ろ盾もなにもあるか! 議員なんて何の役にも立たないだろう!」
「議員上がりのわしをバカにしているのか!?」
「横から口を挟むな! お前は所詮都議の端くれだったろ!」
ひでえ光景だな。思わず肩をすくめる。
『なんだ、何を言ってるかは知らないが醜いな。権力者たるもの、民に示しがつく振る舞いをせねばいけないのに』
ノーライフキングが言葉を発した。
幼女らしいあどけなさの残る声。その内容も別に害意のあるものではないのに、理事たちはぴたりと凍り付いた。
スマートウォッチが発する翻訳ボイスが寒々しく響く。
「おいおい、てめえらがあんまり情けないせいで、ノーライフキングがお怒りじゃねえか。意識が残ったまま操られる腐肉にされちまうぞ。千年の操り人形だ」
「い、嫌だああ」
「それだけはやめてくれ!」
悲鳴が上がる。
「なぁ。お前ら、この場でノーライフキングに腐肉にされちまうのは嫌だろ? ちょっとばかり仕事してこいよ。怒らせちまったエルフに、お前ら自身が直接謝罪に行って誠意を示すんだ。なーに、ぱっぱ行ってぱっぱ帰ってくるだけの簡単なお仕事だ」
俺は理事の一人の前でしゃがんだ。下げている頭をポンポンと叩く。
「お前らが、自分の意思でダンジョンに潜るんだ。なぁに、優秀な探索者が自主的に護衛してくれるらしいぞ」
俺はメガネに視線をやった。
メガネは残った左手で顔をぐしぐしと擦り、大きなため息をつく。
「とことん、俺を使い倒すつもりだなァ」
「ナメられたら全て失う、だろ?」
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