第88話

 ダンジョン協会の本部は、千代田区にある全面ガラス張りの超大型ビルに入っていた。3フロアを丸ごと使っており、しかも下のフロアを通らないと、エレベーターでその上に行けないという、無駄に厳重なセキュリティが敷かれている。


 俺、支部長えまちゃん、メガネ、ノーライフキング。これが協会本部に乗り込むメンバーだ。

 ビルのエレベーターを降りて最初に目に入るのは、3重ロック式のゲート。この中で金属探知やボディチェックを受ける。

 俺とメガネのボディチェックをした警備員が涙を流していた。ぐぇぇたまねぎっ、じゃねえんだよ。くっそくせえ現場職の男がたまーに玉ねぎ臭させんのは分かるがよ。


 念入りなことに、メガネの指輪は預かられていた。

 探索者協会の本部だけあって、警備員のひとりひとりに魔法関係の知識があるようだ。案外、元探索者だったりしてな。支部長えまちゃんも元探索者らしいし。


 協会の理事たちは応接室で待ち構えているらしい。どうせふんぞり返ってんだろうな。

 職員の付き添いで複数のロック付きドアを通過し、最上階へ。

 最上階層は、理事や特別にパスを発行された職員しか行けないらしい。


 下の階はセキュリティの都合か、近未来的で無機質な雰囲気だった。しかし、最上階は理事たちの居心地の良さを重視しているのか、それとも威厳を出すためなのか、木材が多用された温かみのある内装だ。


 両開きの頑丈そうなドア。磨き込まれて飴色に輝く木材が使われたドアを見て、メガネがほうと息を漏らした。


「ナガァ、お前は知らねェだろうがァ……でかい木材は今や高騰してるゥ……。とんでもねェ額だ」

「馬鹿にすんな、殴るぞ」


 でけえ木材が高いことくらいはわかるわ。

 世界中の原生林が切り拓かれちまってるんだからな。頼みの綱のダンジョン産の木材だって、階段の都合上で運べるサイズが限られるっつーのも想像がつく。

 ドアの間を指でなぞれば、木目が左右で繋がっていた。両開きのドアを1枚板から切り出している。しかも高級そうな木材だ。余裕で億以上の金がかかっているかもしれねえな。


「まぁ、そんじゃあ――」


 俺はドアに全力の前蹴りをぶち込んだ。

 爆発のような音を立て、室内に吹き飛んでいく超高級木材ド ア


「出前じゃオラァァァァアアアアアアアア!!!」


 どごんと派手な音を立て、2秒前までドアだったものが壁に突き刺さった。

 おっさんと爺さんら6人が、状況を理解できていない顔で中腰になっている。俺は手前のテッカテカのスーツのおっさんを捕まえた。襟首を両手で掴んで吊り上げる。


「さっさと立たねえかオラ!! 探索者たちのテッペンだろうが!!! ドア破れた時点で立って拳でも構えんのが、あるべき姿だろうが!!!」


 眼球に息がかかる距離で怒鳴りつけた。手を離すと、腰が抜けたのかそのまま床にへたり込む。

 情けねえ。これが探索者協会本部の理事か?


「な、な、ななななな」


 壊れたラジオみたいな声を出しているのは、一番の上座に座っているクソ偉そうなジジイだ。うっすくなった白髪をぺたりと横向きに撫でつけていた。

 低いテーブルを踏み壊し、最短距離でそいつの前に行く。理事たちの怯えた声がした。


「よお」


 逃げるようにソファの背もたれにへばりついているジジイ。その顔を上から至近距離で覗き込んだ。


「ひ、ひぃ、な、なんなんだね君は」

「手土産持ってきてやったぞ」


 頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし、俺は入り口の辺りでボケーっとしているノーライフキングを指さす。なお、ノーライフキングの隣で支部長えまちゃんは顔を両手で覆っていた。


「ようじょ?」

「姿を変えたノーライフキングだ」

「ひぃいえええあ!?」


 ガタガタと理事たちが立ち上がる。


「あれも欲しい、これも欲しいとデケェつづらを持ち込んだのはてめぇらじゃねえか。欲を張ったら鬼が入ってるって、日本人なら知ってるだろ?」


 ジジイなんだから舌切り雀くらいわかるだろうに。


「意趣返しか!? 殺すつもりか!?」


 ジジイが冷や汗を流し、血走った眼で叫ぶ。


「ここは日本だ、法治国家だぞ!? 野蛮なダンジョン内なんかと違う!! ただで済むと思うなよ!?」

「しょーもねえな。ぬるま湯につかりすぎて、声も内容もふやけてやがる」


 野蛮なダンジョン?

 そこに人を送り込んでるのがお前らじゃねえか。そこからのアガリで飯食ってんだろ?


「いやぁ、参ったねぇ。ダンジョン協会の理事に頼まれエルフを連れてきたつもりが、うっかりノーライフキングだったとは。とんでもない事故になっちまうなぁ? ええ? おい」

「言い訳が苦しすぎねェかァ……?」

「おお、メガネ! お前がこいつらに命令されて連れてきたんだもんな!」

「そういうことかよォ……」


 メガネは頭を抱えた。

 全責任被れよ。お前に残された生きる意味は、犠牲の山羊スケープゴートなんだから。


「連れてきたモンスターで我々を殺すつもりか!?」

「たかだかモンスターだぜ? 怖がるなよ」

「め、滅茶苦茶だ」

「お前らは探索者たちの長だろうがよ。俺たちはで日夜こんなのと遊んでんだ。そんな俺たちに上から命令して、アガリかっぱらってんだろ。お前らの命令で牡羊の会が100人以上死んだんだぜ? たかだかモンスター1匹にガチャガチャ騒ぐな」

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