第86話

 帰還の準備にはかなり手間取った。

 元気に動ける人間より負傷者の方が多いんだからな。エルフに介護させて、ということも考えたが、こいつら活度範囲が狭いんだよ。数階層も移動すれば、シワシワになって死んでしまう。


 可能な限りエルフに治療させて、最低限動けるようになったら、一緒に戻るか留まるかを選ばせた。

 ほぼ全員が無理してでも歩いて地上に戻るのを選ぶ中で、ごく少数が残ることに。ダンジョンの深部に、ある程度の安全を確保して滞在できることをチャンスと考える変わり者たちだ。

 ま、いいんじゃねえか。不審者にならない程度、ほどほどにな。


 食料品と医薬品を中心に、複数のドローンから積み替えていく。物資を積んだドローンが質量攻撃で埋まったりしているから、掘り返すところからだ。


「マジで骨が邪魔くせえわ」


 体が動くやつは、シャベルマンから借りたシャベルで骨の片付けだ。ドローン2台に牽かせたそりにガラガラと白骨を積んでいく。こういう作業、昔やったことあるが、若者よりちっこいジジイの方が早いんだよな。あれ、なんなんだ?


「お前のなんだから、自分でどうにかしろよ」


 俺はスイに抱えられているノーライフキングに言った。 


「無理だ、死んだ骨はもう動かない」

「生きてる骨と死んだ骨の違いがわかんねぇよ」


 がつん、とシャベルが当たった場所から火花が噴き出す。ドローンのバッテリーを傷つけたらしい。


「あー、最悪だわ」


 さっさと掘り返さねえと、近くにある遺体まで燃えちまう。

 集団戦の始末ってほんと後味が悪い。

 殺した張本人はしらーっとした顔をしているし、メガネは関の死体の前で立ち尽くしている。なんだかなって感じだ。

 あと質量攻撃や骨パンチ食らったやつは、そもそも遺体も遺品も残っちゃいねえ。これに関してはもう無理だ。


 遺体の回収と物資の積み替えを終えて、いざ出発というとき。スマートウォッチに着信が入った。


『聞こえていますか?』

「おー、聞こえてるぞ」

 支部長えまちゃんからだ。


『柚子さんから連絡がありました。まずはご無事で何よりです』

「帰還したら外科手術の手配しといてくれ。体中に骨の破片ぶち込まれてて、動くだけでなんか刺さる感触がする」

『それは……かしこまりました。押さえておきます』


 支部長ちゃんは息をのんだ。

 俺以外にも、何人か破片刺さってるやつはいそうだな。

 魔法での治療も、世界樹の苗も、異物を取り除くことはできない。やっぱ科学の力は偉大だな。


『それで、協会の方なのですが』

「あーね」

『ちょっとてんやわんやといいますか、責任の押し付け合いが始まっているようですね』

「誰が牡羊の会をねじこんだんだ?」

『私の知る限りですと、理事の半数以上が賛同しています』


 めっちゃ多いじゃねえか。


『全員の首が飛ぶくらいなら、誰か1人に押し付けたいのでしょう。流石に下の者にかぶせて済ませることは出来ません。議事録なども情報公開を求められるはずです』


 事態が大きくなり過ぎたせいで、大物の首でも用意しなきゃ責任取れねえもんな。


「なぁ、そいつらどこにいるか分かるか?」

『どこ、というのは』

「所在地だよ」

『――カチコミですか?』


 疑るような声だ。


「まさか。そんな行儀の悪いことしねえよ。牡羊の会じゃねえんだから」

『牡羊の会にやらせるつもりですか?』

「さては国語の成績良かったタイプだな?」


 なんて読解力。文系の星だな。


『その、ダメですよ!』


 なんて説得したら良いのかわからなかったのか、支部長ちゃんは子どもを叱るように言った。思わず笑ってしまう。


「へーきへーき。殺しはしねえよ。ただな~理事の皆様がしたことで、こっちのエルフの里長がオカンムリでさぁ」

『怒らせてしまった、と。確かに強引な保護計画でしたね』


 別にそんな事実はない。

 まぁ、支部長ちゃんが見れるものにしろ、世間に出されるものにしろ、人目に触れるのは柚子が撮った断片的な戦闘シーンだけだ。


「ちょっと後始末の話し合いをしたいだけさ」

『そういうことでしたら……どうにか話し合いの場をセッティングします。向こうも永野さんたちを説得できるならしたいでしょうし』

「話し合いの余地があるって釣っといてくれ」

『釣る――そうですね。釣ります』


 回収できる分だけの遺体をそりに乗せてエルフの里を出る。

 大半のエルフはエネルギーを使い過ぎただかで、白銀の森に引きこもっていた。やはり本体の木に接続してチャージするようだ。

 見送りに来たキーティアに言う。


『残った奴らと仲良くしとけよ』

『今回のこと、感謝しているのじゃ。人間に何が必要かは知らぬが、下層に向かうときの拠点に使ってくれて良いのじゃ』

『そいつは助かる。そのうち研究員だのなんだの来るとは思うが、そいつらとも仲良くしてやれよ』

『仕方ないのう』


 俺はキーティアを手招きし、こっそりと耳打ちする。キーティアは驚いた顔をしたあと、こくりと頷いた。


『共有しておくのじゃ』

『ああ、頼んだ』


 エルフとの協力体制も作れて、ノーライフキングはなんとかなって、聖剣も手に入れた。牡羊の会も半壊して、メガネも言うことを聞く。

 まぁ、文句のねえ結果だな。


 数十人の大集団となった俺たちは、地上に向かって移動を開始した。

 深い層を抜けるまでは、移動の遅い連中を連れているせいで、かなり苦労させられた。先頭を俺とスイが切り拓き、左右を山里たちが護衛。後ろの隼人と柚子が状況に合わせて行動って感じだ。

 20層を抜けた辺りからは、山里劇場だった。


 バギーに乗ったまま聖剣を一振りすると、ゾンビもスケルトンも爆発四散する。


「おー、流石は聖剣の勇者」

「なんか適当に拾った剣に持ち替えようかな」


 なんて勿体ないことを言うんだ。

 俺に抱えられているノーライフキングが感心したように言う。


『エルフの勇者より達者だ』

『そうなのか? つーか、エルフの勇者ってなんかおかしくねえか? あいつら魔法が得意なんだろ?』

『ああ、世界樹臭いお前は気になるか』


 世界樹臭いってなんだよ。ウッディな香りでもしてんのか?


『エルフはもともとは、あんな植物じゃなかった。普通に人間だったぞ』

『は?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る