第84話

 ノーライフキングの首が地面に落ちる。すかさずそれを叩き割った。

 王のタイマンを強要する効果が失われたのか、縄の圧力でノーライフキングの体が四散する。

 血肉がパタパタと降りしきるなかで、俺たちは数秒の間呆然と立ち尽くしていた。


「――終わった?」


 スイがゆっくりと言葉にした。


「実感ないかもです」


 ヒルネの言葉に、ようやく俺は頷いた。

 長い、長い戦いだった。だが、その終わりがこんなに呆気ないものだなんて。

 いや、相当に削られた。山里のパーティーも数名ダウンしている。過去にないくらい強敵だったというのに、達成感みたいなものがない。


 なぜだろうか。


「空しい」


 そんな言葉が出てしまった。

 体にのしかかる疲労がいつもより重たい。全身がぎしぎしと軋むような気がした。


「後味が悪いな」


 聖剣の先端を地面に垂らしながら、山里が言う。

 そうだな。後味がわりい。お前らのせいだからな、クソエルフ。

 周囲を見渡せば、森の様子が戦う前とひどく様変わりしていた。


 マシな順に見ていけば。地面に膝をついて荒い息をしているやつ、負傷して傷を押さえながら寒がっているやつ、転がってぴくりともしないやつ。そして、挽き肉。

 砕けた骨も血肉もそこらじゅうに転がっていて、大地も巨木もボロボロだ。


「あーーー、トリアージするか?」

「そうだね。けど、基準は」

「エルフ次第だな」


 俺は樹上にいるキーティアに降りてくるように言った。怯えた様子でいそいそと降下してくる。


『お前らエルフってどれくらい治癒の魔法使えんの?』

『そこそこには使える……はずじゃ』


 これで使えなかったら、マジで保護の打ち切り申請するからな。


『残酷だが……返事出来るかを基準にして分けるか』


 メガネとせきはクズだが、構成員全員がそうとは限らねえからな。一応は助けてやらねえと。助けた結果クズだったら、ダンジョンに捨てて帰ればいい。

 エルフは消化器官とかねえから、食い物の概念とかねえだろうしな。ボロボロの体で、無補給でダンジョンサバイバルだ。助かるのに25年くらいかかるんじゃねえか?


 隼人と柚子にも翻訳アプリを送り付け、エルフを医療隊として率いてもらう。

 俺は地面に突き刺したツヴァイハンダーに体重を預けた。


「結局、今回も謎が深まるばかりだったな」

「ええ。ところで――シャベルマンさんはどちらに?」


 そういえば姿が見えねえ。


「トウカが治療したんだよな?」

「はい。主戦力になる方ですので、丁寧に治療いたしました。ですが、そのあと見ておりませんので」


 またマイペースにどっか行ったのか? こんなときに?


「変なやつだけど、無駄なことはしないやつ……だと思う」


 山里が自信なさそうに言った。


「お前のパーティーなんだから、お前くらいは自信持てよ」

「そうだけどさあ! そうなんだけどさあ!」


 シャベルマン君係はいねえのか?

 そんなことを言っていると、少し離れた場所から甲高い声が聞こえてきた。スマートウォッチの翻訳が反応する。『はなせ』と言っているようだ。

 この地獄の跡に似つかわしくねえ、子どものような声だった。


 シャベルマンが木陰からのそりと姿を現す。その手には、猫のように後ろ襟を持ち上げられる幼女がいた。


「誘拐? どこから?」


 スイの疑問に、シャベルマンは首を振った。


「近くで小さなスケルトンが息を潜めていた。見張っていたら、こうなった」

「はぁ?」


 小さなスケルトン? こうなったってことは、スケルトンが急に肉を得たってことか?

 それってつまり。


『お前、ノーライフキングだろ』

『ち、ちがう!』

『お前あんだけ死ぬ気の決戦みたいな雰囲気出しといて、バチバチに保険かけてんじゃねえか』

『ち、ちがう!』


 首ぶんぶん振って全否定してっけど、めちゃくちゃ目泳いでるぞ。

 どおりで達成感もねえわけだ。こいつ、どっかで損切りして仕切り直す気でいたな。また悠久の時間を使って戦力立て直して、いつかの再侵攻するつもりだったろ。


 俺は腰を曲げて、吊り下げられているノーライフキングに目線を合わせた。


『取引しねえか?』

『取引?』


 ノーライフキングはきょとんとした顔で、動きを止めた。


『そうだ。俺らにはダンジョンに対する知識が足りてねえ。知識を寄越せば、世界樹のところに連れて行ってやるよ』


 俺だって知りたい。

 ダンジョンについて。そして、俺の体に巣食っている世界樹の苗というものを。

 しかし、ノーライフキングは口をへの字に曲げる。


『エルフと組んでるやつとは仲良くできん』

『やっぱノーライフキングじゃねえかよ』

『げっ』


 こいつ体を幼女化させて知能まで退行したか?


『エルフと組んでると言われてもな。俺からしたら、エルフだのノーライフキングだの、本来は関係ねえんだよ。お前らの戦いだの裏切りの歴史だのも知らねえ』

『傲慢だ!』

『傲慢だよ。俺らは勝ったんだからな!』


 命懸けの闘争で、俺らが。いや、俺の仲間たちが勝ったんだよ。

 俺はメガネのところに歩み寄った。


「よお」

「何がお前をそうさせたァ?」

「知るかよ。俺からすりゃあ、お前も敗者だ。仲間じゃねえ」


 メガネの眼前にツヴァイハンダーを突き立てた。


「で、どう落とし前つける?」

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