第83話 孤独の王
ノーライフキングの大ぶりな回し蹴りで、逃げ遅れた
駆けこんできた隼人のシミターが、ノーライフキングの首筋を滑った。
邪魔くさそうに払おうとする腕を潜り、ノーライフキングの股下にシミターを挟みこむ。体勢を一瞬崩し、上半身が泳いだ。
反撃を受ける前に素早く離れ、隼人が言う。
「攻撃は通じないけど、妨害は通じるっぽいね!」
『邪魔な虫だ』
地面から骨の腕が生えた。隼人の足を掴む。
「これはいけんのか?」
山里の聖剣が、隼人を掴む骨を打ち砕く。
「ルールが見えたね」
スイが油断なく錫杖を構えながら言った。
――ノーライフキング本体には、俺しか攻撃できない。だが妨害は誰でも可能。追加で出してくる骨は、誰でも攻撃できる。
『孤独な王はお前だけみたいだぜ?』
ノーライフキングが口をかぱりと開けた。嫌な予感。その射線から逃れるように、体を大きく投げ出す。
俺がいたところに、黒い霧の塊が吐き出された。地面がごっそりと抉れる。
実質触れたら即死じゃねえかよ、くそが!
俺も王だというなら、そういう強力な一撃の技、なんか寄越せ!
駆け寄って放った突き。それを首を傾げて回避される。
なんか、被弾を避けるようになったか?
大ぶりなツヴァイハンダ―を振り回しても、細かくダッキングやスウェーを交えて回避される。隙を狙うように、コンパクトな攻撃を返してくるのがうざったい。
ボクサーを相手にしているような感じだ。
「ヒルネ! ナイフくれ!」
ツヴァイハンダーを投げ捨て、ヒルネからナイフ2本を受け取る。右手は順手、左手は逆手に持って構えた。
『強いね。すぐに戦闘スタイルを切り替える』
『お前らボスクラスのモンスターもそんなもんだろ』
『はは! ボスか。それは良い呼び名だ。王になったところで、成せることなんてたかが知れているのだから』
『その王って概念もよくわかんねえんだよ』
こいつは色んな話をしてくれるが、俺からすれば情報が断片的すぎてこんがらがる。
ダンジョンは、要するに世界規模の共食い整備ってことだろ。で、世界樹はそこに集まる世界のリソースを食ってる寄生植物?
で、ノーライフキングはその世界樹のせいで、滅びた1世界の王だったってことか。
『世界中で目撃されるアンデッドは、全員お前んところの住人だったのか?』
『そうでもない。住人がほぼ全滅し、不死者への道を歩んだ世界は幾つかある』
ナイフの細かい斬撃が当たる。ノーライフキングの指を数本飛ばしたが、すぐに再生した。
こうなると当てるまでは簡単だが、決定打がとれねえな。あちらを立てればこちらが立たぬって感じだ。
『じゃあ、お前のいた世界で王になったのは?』
『さあ。ダンジョンに繋がるとな。横と連携をとるよりも、縦と繋がる方が楽になるものでな』
『なるほどな、そりゃ道理だ』
俺たちだってそうだ。
ブラジル人と連携をとるよりも、地下1層のコボルトの方が物理的に近い。生憎と味方になるようなモンスターは近い階層にいないが。
ノーライフキングらのいた階層と、エルフがいた階層が近かったのであれば、縦で連携を取ろうとするのも自然なことだ。
『王とは、民を率いて打破しようとする者。もしくは、その王を打ち破った守護者のことだ』
蛇のような貫き手が伸びてくる。屈んで避けたはずが、肩のあたりを削られた。深い火傷を負ったような、じんじんとした痛みが広がる。
『ダンジョン内では、王には特別な権限が与えられる』
少しだけ体を下げる。体格的には俺の方がリーチが長い。何やらうちの3人娘が動いている。少しずつ削ってチャンスを待てば、きっとあいつらなら打開してくれるはずだ。
『それがお前の無敵モードか?』
『そうだな。守るべき民が全員死ぬと使えるようになる』
『つっかえね~』
思わず口に出てしまった。
民が全員死んだ王とか、ただの孤独な放浪者じゃねえか。
『その通り。本当に使えない能力だ。だが、そんな玉座を失った王を倒せる、というのが王の特権と言えるだろう』
流浪の王を倒せることをメリットのように語るノーライフキング。違和感を覚えた。
まさかな。
『お前さ、滅びたいの?』
鉤爪のように曲げられた指に、胸元を削られた。ダメージは浅い!
投げたナイフが、ノーライフキングの膝に突き刺さる。がきりと足の動きが止まった。
ノーライフキングの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。
『滅びたかったさ! 民の仇を討って、私も民と共に在りたい!』
片足で跳びかかってくる。靄を宿した両腕を内側からパリィ。頭突きをぶつけ合った。
腕を押さえつけ、ゼロ距離で睨み合う。
『死んだ奴らで死ぬための行軍してんじゃねえ、迷惑だ』
個人的な心情としては、好きにさせてやりてえ気持ちもある。俺が彼女の立場だったら、そうなっていたのかもしれねえ。
だが、既に俺ら人間はエルフを保護すると決めて、戦いに参加し、そして犠牲まで出してんだよ。
俺がやったことでも決めたことでもねえ。だが、既に「人間」としてエルフと約束をし、里に手まで入れてる。その上で聖剣使ったり助力させたりしてんだ。
ここでエルフを見捨てたら、それこそ俺たち人間が裏切者だ。
『お前にゃ悪いが、筋を通すためには討伐しなきゃならねえんだ』
「ナガ! 準備出来た!」
スイの声がした。
そっちを見れば、大量のワイヤーロープを繋いだドローンの群れが飛んでいた。
牡羊の会の生き残りまで動員し、数十台のドローンが俺たちを囲む。
「よくやった!」
ノーライフキングを突き放し、投げられた1本のワイヤーを引っかける。それを柚子が掴んで飛び上がった。宙に浮くノーライフキングに、ワイヤーを巻き付けるように大量のドローンが群がる。
俺はツヴァイハンダーを拾った。
大きく振りかぶる。
『仲間を失ったお前には同情するよ』
視界の端に、くたばりかけているメガネの姿が映った。
胸に去来した様々な感情をノーライフキングに重ね合わせ――首を刎ねた。
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