第82話

『面倒すぎる』


 ノーライフキングは忌々しそうに呟いた。

 並の斬撃なんかでは死なないノーライフキングに対して、有効打を叩き込める人間が増えた。1点に意識を集中することもできず、ぼろぼろと討ち取られていく。


「ぐ、ふう……。ナガ、さん。回復かけますね」


 ようやくトウカも復帰か。

 この中で一番体が動かないのは俺かもな。

 トウカのヒールを素直に受ける。削られた場所の違和感は和らいでいくが、異物を撃ち込まれている場所は変わらず。どこかのタイミングで摘出手術が必要だ。


『ああ、嫌だ嫌だ。どんどん私が減っていく。昔を思い出す』

「なに言ってるのか、僕にはわからないな」


 隼人は前後左右に細かいステップを織り交ぜて、ノーライフキングとの間合いを調整している。回避しながら的確に切り落としていく隼人に、ノーライフキングは相当やりづらそうにしていた。


『我々は一朝一夕に滅びたわけじゃない。次から次に押し寄せる苦難を何度も乗り越えて、乗り越えて……気づけば、死者を埋葬する人手すら足りなくなっていた』


 山里の聖剣が斬り捨てた個体を、ヒルネの火炎放射が焼く。

 柚子が吹っ飛ばした個体に、スイの魔法が直撃した。


『最初は騎士団が奮闘した。彼らが命懸けで稼いだ時間で、我らは聖剣を完成させた』


 シャベルマンが樹脂発泡剤を投つけ、それごとシャベルで斬り付けることで、2体まとめて固める。


『次の脅威には歩兵隊が当たった。騎士階級は皆死んでいたから。我らにもともとあった魔法技術は、ダンジョンに呑まれた新たな世代が発展させた』


 多少回復してもらった俺も個体数を減らしに動く。片手で振り回すのにはしんどいが、両手なら持てる。


『魔導士たちはダンジョンに繋がった他の世界の人類と手を結んだ。そして――裏切られた。そこのエルフ共にな。そして、民は私の盾となり死んだ。優れた者たちだった。なにせ、私が望まずとも老人子どもに至るまで、自ら武器を手に戦ったのだから』


 エルフたちに動揺が生まれた。

 長寿の種族だ。何人か心当たりがあるやつもいるかもしれない。


『で、その取り残された王様は何がしたいんだよ』


 恨み言を俺らに言われたって仕方ねえよ。同情して欲しいのか?

 そのときのお前らが必死だったように、俺たちの「今」も必死なんだよ。


『世界樹への復讐を。ダンジョンの奥地に根付き、各階の住人を取り込み追い出し、モンスターの大移動を引き起こした世界樹を討伐する。エルフはただの前座……のつもりだった』


『それはまぁ……いいんだけどよ。世界樹の苗について知らねえし、別に思い入れもねえし。そもそも、てめえがその奥地に行って、太刀打ちできんのか?』


 隼人が来るまで追い込まれていた俺たちが言うことじゃねえが、ノーライフキングにそこまでの力があるとは思えない。


『どうかな。無理かもしれない。でも、これならどうだろうか』


 俺たちが戦っていたノーライフキング達が溶けた。

 瞬間的に液状になり、白い湯気を立てながら掻き消える。一応、全員口と鼻を覆った。ないとは思うが、気化して体内に侵入するようなやつだと厄介だ。


 ごっ。鈍い音がした。

 吹き飛ばされたシャベルマンが地面を数回バウンドし、俺の足元に飛んでくる。


「生きてるか?」


 こくりと頷いた。が、両手からシャベルは失われ、しかも指が折れている。

 トウカに任せ、シャベルマンが来た方を見た。

 1体のノーライフキングが、山里の聖剣を握り佇んでいた。ぼんやりとした表情をしている。


「ぐっ、なんだこいつ! 斬れねえ!」


 横から比嘉ひがが斧を叩きつける。が、刃が食い込んでいない。


「物理無効?」


 柚子が飛び込むが、薙刀もあっさりと弾かれた。


「焼きます! 離れてくださーい!」


 全員が飛びのく。ヒルネが聖剣ごと巻き込むように炎を放った。が、それすらも効いた様子がない。

 ノーライフキングは聖剣を手放し、ヒルネに向かって拳を振りかぶる。とっさに間に入り、ツヴァイハンダーの中心で受け止めた。


『無敵マンやめろや。理不尽すぎんだろ』

『私は戦いとか、本当は苦手だったんだ。水運の研究とか魔法開発とか救荒作物の実験とか、そういうことばかりしていたかったのに』


 ノーライフキングの手に黒い靄が宿る。薙ぎ払うように振られたそれを回避。地面がごっそりと抉れた。

 なんだよ、その魔法は。


『王の定めなのかな。世界樹の仔はどう思う?』

『なんで俺に聞く』

『王じゃないか』

『は?』


 ぼんやりしているノーライフキングにローキックを放つ。柔らかい感触と共に、ノーライフキングはよろけた。効いてんのか?

 追いついたトウカが放ったパイルバンカーは受け止められ、反動でトウカ自身が吹き飛ばされる。


『王を食らった者は王の力を得る。それがダンジョンの規律だ。ワーウルフの王を食らったお前は、人間の王だろう』


 おーけー。

 よくわかんねえけど、ダンジョン内の基準だと、とりあえず俺が勝手に人間代表にされたってことだな。ロボのせいで。

 ノーライフキングの焦点が定まった。ぐりんと首を回し、俺を見る。


『王は孤独だよ』

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