第81話

 仲間は着々と削られて……俺自身もガチガチに対策されてこのザマ。撤退戦も許してくれそうにねえ。

 牡羊の会はほぼ壊滅、エルフには期待していない。


 詰んだ、のか?


 俺の首に手をかけるノーライフキングと見つめ合う。その整った顔に、錫杖がめり込む。

 がつっと鈍い音。赤い飛沫を飛ばしながら、仰け反った。


「まだ! 負けてない!」


 スイが何度も何度も錫杖を振り下ろす。


『アイ ヌティモモイア エ マナ レ オ』


 詠唱と共に現れた光の壁が、ノーライフキングを地面と挟み込み、押し潰した。俺から手が離れる。


「ナガ、これ抜いちゃうね」


 背中に刺さった剣が抜き取られた。体の中を金属が走る感覚のあと、世界樹の苗がすぐに傷を塞ぐ。

 俺はゆっくりと立ち上がった。体が重い。


「助かった」


 そう言いながら見たスイの顔は、泣きそうなものになっていた。


「全然助かってないよ」


 そう言われ見下ろした自分の姿は、あまりにもボロボロだった。

 服もそこかしこが破れ、プロテクターは壊れ果て原型を残していない。血と泥で汚れ、薄暗い茶色に染まりきっている。

 立ち上がってツヴァイハンダーを持つ手が、ひどく強張っていた。戦い始めたときよりも、ずっと力が弱くなっている。


 貫かれていた腹を撫でた。ざらりとした植物の繊維を感じる。

 もしかすると、削られるたびにそこを世界樹が埋めていくから、筋力のアシストを失っていくのかもしれねえな。

 俺の様子を見て、スイは悲しそうな顔をした。


「私が前に出るよ」

「やめとけ。死ぬぞ」

「じゃないとナガが死ぬって!」


 錫杖を強く握り、スイが叫んだ。


『美しきかな』『ダンジョンに呑まれた仔と』『世界樹の仔が』『仲良くしているのは』


 次は4体かよ。

 どっちが前とかじゃない。どちらも生き残りをかけて戦わなければいけねえ。

 スイの錫杖の先端に火球が灯る。それを宿したまま、ノーライフキングに殴り掛かった。俺もツヴァイハンダーを地面に引きずりながら突っ込む。


『でもね』『気合と根性じゃ』『なにも解決しないよ』


 上下に両断された個体がそのまましがみついてくる。そいつごとぶち抜く衝撃。吹き飛ばされ流れる視界の中で、足を振り上げるノーライフキングの姿があった。

 燃やされながら暴れる個体に側頭部を殴られ、スイも膝をつく。


「限界かな。介入するよ」


 声がした。

 猛禽類のような急降下からの水平移動。地面を削るような横滑りと共に、スイにトドメを刺そうとするノーライフキングを斬り捨てる。

 宙から現れたのは、柚子に放り投げられた隼人だった。


「隼人か」

「ご無沙汰してます、永野さん」


 隼人はノーライフキングに突っ込み、鋭い剣筋で手足をバラバラにした。


「流石、上位探索者だな」

「もう少し様子見しようと思ってたんだけど……割り込んで大丈夫だったかな?」

「いんや、助かった。なんでまたこんな辺鄙へんぴなところに」


 隼人にそう言いながら、スイの手を引っ張り立ち上がらせる。


「トウカちゃんから救援要請受けててね。もともとは、牡羊の会が何するか分からないから、撮影して欲しいってことだったんだ」


 遅れて降りてきた柚子は、肩に大きなカメラをつけていた。配信用のドローンとは違う、独立したカメラの様子。


「ダンジョン協会から提供されたドローンのカメラだと、証拠映像が残せなそうってことでね」

「牡羊の会には私たちもムカついてた。で、来てみたけど――」


 元気な新戦力が参加してきたからか、ぞろぞろとノーライフキングが集まって来た。それに目をやって、柚子はわざとらしく肩を落とす。


「失敗だった」

「永野さんとの探索は命懸けだね」


 隼人は楽しそうに笑った。

 こっちは楽しくないし、好きで命懸けの戦いやってるわけじゃねえぞ。毎回変なモンスターに絡まれてるだけだ。


「永野さんは少し休んでなよ。そろそろ限界でしょ」

「いや、まだ戦える。タイマンならそこそこ厄介だが、複数個所の戦闘だと処理能力が下がる。殺しやすくなる」

「なるほどね」


 ノーライフキングと正面切って戦える駒が増えたのはデカ過ぎる。

 それに隼人のシミターは、人間サイズの敵にはかなり有効に働く。振りが速いのに、切断するのに十分な切れ味があるからな。


「余裕出来たならこっちも手伝ってくれ!」


 山里が叫んだ。

 処理能力を割くのが惜しいと判断したのか、数でごり押しされている。シャベルマンと比嘉ひがが必死に前線を抑えているが、山里は本来の得物を失ってやりづらそうだ。


「ほいっとね」


 そんな山里のところに、ノーライフキングの間をするすると潜り抜け、ヒルネが滑り込む。


「聖剣とってきましたよー」


 ヒルネが差し出したギラギラの剣に、山里はあごをシワシワにした。なんだよその顔は。


「勇者って言わないよな?」

「言います」


 いい返事だ。

 山里は心底嫌そうで、だが背に腹は代えられないといった様子で聖剣を手に取った。


「くっそ、こうなったら自棄やけだ!!」


 山里も前線に復帰して、斬りかかっていく。

 一方のヒルネは、背中に大きなボンベを背負っていた。手に持っているのは、ホースに繋がった銃のようなパーツ。


「おいおい、まさかァ……」


 メガネが呟いた。


「いっきまーす!」


 ヒルネの元気な声と共に、火炎放射が放たれる。

 牡羊の会の拠点から盗んできたのか。何にせよ、こっちの頭数は出揃った。

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