第80話
どこかを削られながらも、ノーライフキングを1体1体潰していく。目が回るような消耗戦の中で、少しずつ疑念が膨らんでいた。
全然魔法を使わねえ。
それに、脅威度が低い。なんつーか、本当にこっちがされて嫌なことをしてこない。
もしこの敵がロボだったら、とっくに牡羊の会は皆殺しだろうし、もっと一斉にかかってきていた気がする。
発生している戦闘が散発的なんだよ。
まるで何かを試されているような不快感がある。
『おい。何が目的だ?』
目の前にいる個体に訊ねた。中国拳法のツルの構えみたいなふざけたポーズをしてやがる。
『ちょっと考え事しててね。どこまで話したものか』
『ロボもそうだったが、お前らモンスターってのは面倒くせえ話し方するよな』
『はははははは! そう言われるとそうだ!』
ひらりひらりと、宙に落とした紙のような動きで回避してくる。うざってえ。
『まぁ、話している最中に死ぬような弱者に、それ以上の情報を伝えても仕方がない。段階的にお話してあげるくらいの方が、むしろ自然ではないか?』
野生と知性の変な組み合わせの価値観だな。
情報を伝えコミュニケーションをとり、相互理解する必要性は認識している。そして、それと殺し合いが両立し、根底には弱肉強食の概念が流れている。
『で、俺は今そのお眼鏡にかなってんのか?』
『うーん、ギリ落第だ』
そう言って笑った個体の体表がボコボコと泡立つ。
嫌な予感。急所を腕で庇いながら、跳び退った。
パァン!
軽い音と共に炸裂した。鋭い骨の破片が幾つも体に突き刺さる。
『世界樹の仔とは何度かやりあったことがあってね』『再生力にはそれぞれ差があったけど』『共通点があるんだ』
次の個体が目の前に来た。
痛みに耐えながら剣を構え直す。少しずつ視野の中で薄暗い部分が増えてきた。
落ち着け、集中力と呼吸を意識しろ。
『体に入った異物は取り除けない。純粋な再生ではないから、削られれば消耗していく。そうだね?』
それはそうだ。
世界樹の苗は、あくまで切られた部分を繋ぎ止め、失った組織の穴を埋めるだけ。別に傷がなくなるわけでもないし、撃ち込まれた弾丸はそこに留まる。
『それを理解して削っていけばいい。ちゃんと効く攻撃ならどれだけ小さくてもいい。のんびり消耗戦していたら、気づけば死んでいるのが世界樹の仔だよ』
ぎりっと奥歯が鳴った。
完全に俺の弱点を把握されている。ひでえもんだ。こっちはノーライフキングの情報を全然持っていないっていうのに、向こうは何でも経験済み。ふざけんな。理不尽過ぎるだろ。
『俺が死ぬのが早いか、てめえが死ぬのが先か』
それでも、斬り付けることをやめない。数は減らせているんだ。
それに。狙っての消耗戦とわかっていても、俺に出来ることはこれしかない。戦うしかないなら、戦って勝つまでだ。
『勇者でも目指してるのかな?』
『そんなガラじゃねえよ』
しかし――俺がどんどん削られている反面、山里のところは大きな被害は受けていない。
もちろん、シャベルマンを軸にした連携が上手いのはある。しかし理由はそれだけじゃなさそうだ。
『あのさぁ』
『うん?』
『お前、マルチタスク苦手だろ』
なーんか、ずっと違和感はあったんだよな。
腕が8本あったのに活かしきれていないとか、メインの戦場が1か所だったりとか。
強力な手駒と攻撃手段を有しているのに、全然活用できてねえ。
フルで上手に使えば、とっくに俺らは壊滅していそうなのに。
『わかるか。昔からどう頑張っても上手くならなくてな。努力はしたのだが、それでもやっぱり下手くそだ』
キンッと甲高い音がした。
山里の長剣が、別の個体が持つ剣に折られ、刀身がくるくると宙に舞っている。
『だが、十分だろう?』
結局のところ、俺以外が脅威じゃねえって言いたいのか、こいつは。
マルチタスクが出来ていなくとも、他は足止めできればそれで良し。意識のメインで俺を削っていく、と。
弱点を弱点として成立させるには、最低限の攻撃力が必要になる。それが足りていない。
じりじりと追いつめられる焦燥感。
砂漠で水筒を覗き込むように、命の残量が気になって来る。
ダンジョンは本当に俺らにとって都合の悪いことだらけだ。
不思議な魔法の力とか、覚醒した意思の力とか、そんな夢や希望は与えてくれりゃしない。
前蹴りを浴びた槍使いが吹っ飛ばされ、地面にごろごろと転がる。起き上がろうと藻掻いているが、震える手足に力が入っていない。
カバーする仲間を失った鈍器使いの胸に肘が入った。
これでまた、戦力が2枚落とされた。
『エルフ! 誰でもいい、負傷者を巻き取れ!』
『で、世界樹の仔。お前はマルチタスクが出来ているのか?』
『――は?』
『よそ見ばかりして』
背中に加わった衝撃が、腹を貫通した。
スケルトンがよく持っている小汚いショートソードの刃が、腹から生えてきている。
振り返れば、投擲後のフォームの個体がいた。
背後からの攻撃かよ。しかも背中の真ん中から刺されているせいで、自力では抜けなそうだ。
『ぐっ……う』
膝をついた俺の頬に、冷たい手が添えられた。
至近距離で覗き込む目は、無駄に透き通っている。
『世界樹の仔。物を知らぬ可愛い仔。仲間に恵まれれば英雄になれた、哀れな仔』
『肯定も否定も出来ねえ骨ばっか従えた、裸の王様に言われてもな』
『だから死んだのかもしれない』
するりと撫でるように、指先が首筋まで下りた。
『骨となれば迎え入れてあげよう。人の子よ』
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