第79話

 この冷たい肉の塊に飲み込まれたら終わりだ。

 皮膚と肉を潰し、神経に直接触るくらいの力で、足首を握りしめられている。これが首まで届けば確実に死ぬ確信があった。


 戦い方がキモいんだよ!


 ツヴァイハンダーを振り下ろし、数体まとめて切り裂く。すぐに再生するが、その前に片足を引っこ抜けた。

 溺れる子どものようなガムシャラな抵抗。


『キーティア! 段差作れ!』

『わ、わかったのじゃ!』


 空中に生まれた階段を、ノーライフキングのボールと一緒に転げ落ちた。頭や肩をボコボコに打ち付けたが、落下で死ぬよりよっぽどマシだ。


『ナイス!』

「ナガ、ばらすよ!」


 地面についた瞬間に、スイが錫杖を肉の玉に捻じ込む。強烈な突風が内側で発生した。俺もノーライフキングたちも風に押し流され、バラバラに離散させられる。

 すぐに立ち上がろうとした。が、バランスを崩してよろめく。見れば、足首の肉が指の太さで抉りとられていた。


 傷口を見た瞬間に、どっと痛みの稲妻が足から頭まで駆け抜けた。ぶわっと毛穴が開き、汗が噴き出す。


「ナガさん! 治療を――」


 そう言ったトウカの目の前に、ノーライフキングが1体躍り出る。


『君がヒーラーか。潰すよ』

『させない』


 ノーライフキングは、スイが突き出した錫杖を手で軽く打ち払い、足払いをかけた。スイの体が空中で1回転半し、地面に叩きつけられる。

 流れるような動きでトウカに掌底を打ち込んだ。


「かふっ……」


 軽い、空気の漏れるような声。トウカの口と鼻から真っ赤な血が溢れだした。

 それでも。反撃のパイルバンカーがノーライフキングを吹っ飛ばす。


「トウカ!?」

「だいじょう……ぶ、です」


 どう見ても大丈夫じゃない。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 大音声で叫びながら、比嘉ひがが走り出した。

 トウカを見るノーライフキングに向け、斧を振りかぶる。


「あのバカをカバーしろ!」


 戦斧がノーライフキングの首を刎ねた。宙に舞う頭部が、そのまま比嘉ひがの腕に食らいつく。


「な、なんだこいつ!」


 歯が深く食い込んでいる。思わずといった様子で、斧を取り落とした。


「こっち向けろ!」


 山里がそう叫びながら、ノーライフキングの下顎を切り落とした。転がる頭に上から長剣を突き刺し、トドメを入れる。

 まずい。スケルトン相手なら有利だった戦線が、一気に崩壊した。


 戦力的な話をすれば、トウカは大駒だ。

 将棋で例えるなら、角くらいの存在感がある。それがこうも簡単に落とされる。


「無理だァ、逃げろ、ナガァ!」


 うるせえおっさんが吠えている。

 囲まれた牡羊の会は、必死に魔法を連発しながら小さく固まっていた。


 傷口は世界樹の苗で塞がった。だが、どうにも違和感がすごい。相当量の筋肉を削られているから、動きが悪くなっている。ちょっと負荷をかけるだけで、捻挫5回分みたいな痛みが走った。


 それでも。

 足を踏み出す。地面を蹴る。体は前に進む!


 まずはトウカとスイのカバーに入らなきゃな。囲まれたらマジで命まで持っていかれる。この状況だと、逃げるのもままならねえ。目くらまし程度じゃ退路がねえ。


 進路を塞ぐ位置にいるノーライフキングに斬りかかった。

 袈裟懸けを、体を落としてかわされる。下がった顔面に膝を入れた。仰け反って剥き出しになった首に噛み付く。


「ルルルルルルルァァアアアア!!」


 唸りから咆哮へ。

 振り回し、首をへし折って投げ捨てる。手足をぐにゃりと絡ませて吹き飛んだノーライフキングの体が燃え上がった。


「いいぞ、スイ! ダウンしたやつにトドメ頼む!」

「それくらいしかできなくて、ごめん」


 泣きそうな声で叫んでいる。気にすんな、再生力の高い相手を再起不能にすんのは、値千金の戦果だ。


『まるで狼だ』


 笑いながら飛び掛かって来たノーライフキングの顔面を、ツヴァイハンダーの刃が無い部分でぶん殴る。頭が変な方向に曲がっているくせに、足が止まらない。しがみついてきやがった。


『これは平気かな?』


 ざくり。胸から腹に、鋭いものが刺さる感触。

 ノーライフキングの胴体から飛び出した肋骨が、挟み込むように突き刺されている。


 バックドロップで頭から地面に叩きつけてやった。ようやく剥がれる。スイが焼いた。


 息が上がる。

 殺せない相手じゃないが、1体1体が捨て身でこっちを削って来る。

 ダルすぎる。あと気持ち悪ぃ。


『大層な名前のくせに、割と安いな』

『安い?』

『簡単に殺せるじゃねえか』

『言うね。それもそうだ。スケルトンに肉をつければ、それは人間の肉体なのだから』


 人間ではねえだろ。

 いつの間にか手汗をかいていたらしい。服で拭い、ツヴァイハンダーを握りなおした。

 3体くらいの集団に斬り込んでいく。


「なんで、なんでまだ向かっていけるんだァ……」


 低い位置での薙ぎ払いで、1体の足を切り飛ばす。

 飛び掛かって来たやつに左肘を噛ませた。逆に利用して、肘と膝で挟んで頭を破壊。


「死ぬぞ、無理だろォ」


 うるせえな。

 一刀両断。ノーライフキングを真っ二つにして蹴り捨てる。


「仲間を守りたけりゃ戦うしかねえだろうが! 俺のいる場所が、最前線なんだよ!」


 生身の肉体に痛みを得て。それでも一歩踏み出すから、後ろの仲間も前に出られるんだ。

 大事な仲間なら、自分が盾になれ。支えられている自覚があんなら、しっかり立て。信頼されているなら応えろ。


「くそォ……!」


 腹を貫かれ、右手首の先を失ったメガネは立ち上がらない。


「老いたな」

「何がァわかる」


 ノーライフキングをもう1体始末して、ついに合流を果たした。


「見ればわかる。富、権力、武器に手下。色んなモンで上塗りしても、中身のシワが隠せちゃいねえ」


 息があがって、余計に猫背がひどくなっている気がする。

 出血のせいか、動いた以上の疲労感が両肩にのしかかっていた。

 それでも、ツヴァイハンダーを担ぎ上げて声を張り上げる。


「俺が打開する! みんな、耐えろ!」


 この程度の絶望で折れてちゃ、ダンジョンで25年も生きられねえんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る