第77話

 何度も致命的な傷を負ってきたからわかる。

 背中の、脊柱起立筋を傷つけられると、急に体を動かせなくなるんだ。

 引き抜かれる剣に引っ張られ、メガネは体を丸めながら倒れ込んだ。


「関ィ……」


 聖剣を握るメガネの手を、関が斬り落とした。

 手首から先がぶら下がる聖剣を拾い上げ、濁った眼で叫ぶ。


「聖剣だ! 脱出するぞ――」


 ふらふらと歩み寄る、ただのスケルトン。その1体が短槍を無造作に突き出した。

 ぐさり。

 小汚いボロの槍が、関の下腹を刺し貫く。


「あぐぅ? な、なんで……」


 群がるスケルトンが、次々と槍を突き刺した。

 もがくように聖剣を振り回すが、囲まれてしまってはどうにもならない。なんとか即死は避けているが、あっという間にハリネズミになった。

 白い骨の間から鮮血が飛ぶ。

 あれは死んだな。


『聖剣の使い手ではないのに欲しがるか。面白い』

『聖剣ってそもそもなんだよ。教えてくれねえかな?』

『ふてぶてしい男だ。下で仲間が死んでいるというのに』


 死んでんのは仲間じゃねえしな。どっちかっつーと殺し合ってた敵だ。

 ノーライフキングは面白がるように言う。


『聖剣は元は我らの剣だ。ダンジョンに呑まれ、最初に我らを襲ったのはゴーレムの群れだった。それら魔法生物を倒すため、王国中の研究者が作り上げた逸品だ』

『人工物かよ』


 なんか格落ちした感じがする。


『剣というのは、人が戦う為に作るものだろう?』

『それもそうか』


 確かに自然発生するもんでもないな。


 スケルトンが関から聖剣を取り上げ、放り投げた。くるくる回転して飛んでくるそれを、ノーライフキングが片手で受け止める。


『これは人間がダンジョンと戦う為に在る剣。完全にダンジョンに呑まれた者は扱えんよ』


 ぐるんと勢いをつけ、投げ飛ばされる。

 今度は下からの強風に勢いを弱められ、柔らかく着地した。

 くたばりかけのメガネにスケルトンが群がっている。助ける義理もねえが、1本に戻ったツヴァイハンダーを振り回して一掃した。


 服を真っ赤に染め、細く息をしている。

 周囲の魔法使いは助ける余裕もなく、自分の身を守るためだけにガムシャラに魔法を放っていた。


「よお。ざまぁねえな」

「ナガァ……。わらいに来たのかァ?」

「そうだ。はっ」


 くたばりかけのオッサンを鼻で笑ってやる。

 近くで殺されかけている魔法使いの襟首を引っ張り、助けてやった。


「こんなはずじゃァなかったんだがなァ」

「ボケんの早すぎだろ。因果応報だよ、てめーは」

「そうかァ、因果応報か……」


 空から戦場を睥睨へいげいするノーライフキングの周囲に浮く腕は残り6本。

 蜘蛛くもから昆虫になったな。


「どこで間違えたァ?」

「30年以上前じゃねえかな」


 突っ込んできたデュラハンに飛び蹴りをかました。スケルトンホースから落ちたデュラハンにまたがり、拳を叩きつける。


 なぁ、メガネ。撤退するとかしねえだとか、ノーライフキングと戦うだとか以前だったろ。

 俺たちは人生の道を間違えた。間違えた道の風が気持ちよければ、行き止まりまでアクセル踏んじまうだろ。

 壁にぶつかって死ぬのは決まってたんだ。それが早いか遅いか、それだけだ。


 俺は運良く、その道からもドロップアウトできた。だから変われただけだ。


 奪い取ったデュラハンの頭を鎧に叩きつけた。べきりと金属が割れ、騎士の体から力が抜ける。


「参ったなァ。40年前は何にでもなれると思ってたのになァ」

「泣き言いうな。こうしたのは俺ら自身だろ」

「それもそうだァ」


 牡羊の会生き残りの魔法使いたちを襲っていたスケルトンが蹴散らされる。

 スイを先頭に、俺のパーティーが集まって来た。


「ナガ!」

「いいところに来た。トウカ、こいつに応急処置してやってくれ」

「良いのですか?」


 エルフがトウカを下ろした。


「もう大したことは出来ねえだろ」

「そう……ですか」


 トウカが呪文を唱える。

 遠目に派手にアンデッドを蹴散らしているやつが見えた。完全にスケルトンホースを奪取したシャベルマンが楽しそうに駆け回っている。


 メガネが弱弱しく左手を持ち上げた。指輪が3つはまっている。


「うちのモン連れて逃げてくんねェか?」

「そこまでする義理ねぇよ、甘えんなよ」

「聖剣が奪われたんだァ、もう無理だ。ノーライフキングは止められねェ。この指輪はァ使い捨ての魔法道具だ。煙幕、閃光、爆音が出る……俺が撃ったら逃げろォ」


 イラっときた。

 出血の止まったメガネの頭に拳を振り下ろす。油断していたのか、がちんと歯が噛み合う音がした。


「舐めんじゃねえよ」


 聖剣なんて、ただの道具だろうが。

 今回のダンジョンアタックの景品でしかねえんだ。そんなものに殺し合いの勝敗を委ねてんじゃねえ。目的と手段をはき違えてんじゃねえよ。


 俺はツヴァイハンダーをノーライフキングに向けた。

 そこら中にいるスケルトンチャンピオンが使っているのと同じものだ。大した価値も名前もない。ただのデカいだけの剣。

 殺し合いには、こんなもんで十分だ。


「ナガさん! こっちも切り札使います!」


 遠くで山里パーティーの比嘉ひがが叫んだ。

 反撃開始といこうか。

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