第76話

 いいタイミングだ。

 ポンコツのエルフが初めて役に立ったな。


『他に何が出来る!?』

『えっと、えっと、えっと』


 ダメだ。完全にテンパってやがる。

 地上はまぁまぁの地獄だった。

 無数のスケルトンが這いまわり、手当たり次第に生きた人間に攻撃を仕掛ける。そのスケルトンごと踏み潰すように、デュラハンが縦横無尽に駆け回っていた。


 ヒルネが背後からスケルトンチャンピオンの腰骨を砕く。そこに突撃してきたデュラハンが光の壁にぶつかり、仰け反ったところにスイの火球。

 あいつらは安定して戦えているな。


 山里がスケルトンチャンピオンと切り結び、比嘉ひがと鈍器使いが周囲のスケルトンを蹴散らす。槍使いは適当に牽制けんせいしながら、ノーライフキングとデュラハンの動きを観察していた。


 シャベルマンは……なんでデュラハンの後ろにタンデムしてるんだよ。どうやったんだ。

 シャベルマン付きデュラハンと、普通のデュラハンが並走して謎の騎馬戦を繰り広げている。無事なら何でも良い……いや、良くねぇ。


 俺の仲間たちは一旦は大丈夫そうだが、問題は牡羊の会たちだった。

 もともと大多数がダウンしていたのもあり、抵抗が散発的になっている。ばらけた個々の間にスケルトンが入り込み、乱戦になっていた。

 スケルトンチャンピオンがツヴァイハンダーを振り回し、魔法使いの胴体が両断された。


 俺らは慣れてきているが、スケルトンチャンピオンは強い。振り回される巨大な武器は、対応を一手誤ると、体の部位を失うことになる。


「俺についてこォい!」


 声がした。

 口角から血を流しながら、メガネが聖剣を振り回し道を切り拓いていく。その後ろに魔法使いたちが体を引きずりながら、次々に合流していた。

 聖剣の力で弾き返されたスケルトンに、メガネに保護された魔法使いが、火球の掃射を浴びせて始末していく。

 聖剣を守備の装甲とし、攻撃は魔法使いが担う。戦車のような一団になっていた。


「オヤジ! 撤退しましょう!」


 せきが叫んだ。

 自分の武器を失ったのか、拾ったらしい剣を振り回している。ガタイがいいだけあってスケルトンは跳ねのけているが、チャンピオンからは慎重に距離をとっていた。


「撤退だァ? 出来るわけねェだろうがァッ!」


 メガネが聖剣を叩きつけた勢いでデュラハンが吹き飛び、巨木に叩きつけられる。


「もう無理ですよ!」


 関が悲鳴のような声をあげた。


「どれだけ相手が強くてもォ、意地張って殺すからァ牡羊の会はクラン足り得るんだァ」


 ノーライフキングの回し蹴りのダメージを引きずっているのか、メガネの動きは決して鋭いとはいえなかった。

 割り込むのが遅れ、メガネの目の前で魔法使いが斬り殺される。感情的に振るわれた聖剣が、スケルトンの頭蓋骨を粉砕した。


「それによォ。逃げるために死んだとなっちゃァ、こいつらの誉れがねェだろうがァ!」


 生きている奴らを巻き取り、牡羊の会もひと纏まりの集団になった。

 満身創痍のやつばっかりだ。ボロボロで、何人もの男たちが戦意を喪失している。その中で、メガネの目ばかりが爛々らんらんと輝いていた。

 命の瀬戸際で食って掛かる、狂気を宿した目だ。


『よそ見をしている場合か?』


 上から声がした。

 振り降ろされる巨大な拳を、大きく跳んでかわす。巻き上げられる土埃、飛散する骨片だけで傷が増えた。


『おい、キーティア。足場が欲しい。剣が届かねえ』


 今こうして戦場が安定しているのは、集団をまとめて破壊できるノーライフキングが俺だけに注目しているからだ。

 あいつが俺から興味を失えば、再び戦場に大破壊が巻き起こされる。


『ぴゃい!』


 俺の足元からノーライフキングまで一直線に、光の階段が生まれた。

 あー、これ。俺の指示が悪かったかもしれねえな。


『ちゃんと見ておけよ』


 光の階段を駆け上る。が、道が一直線のせいで、案の定迎撃の拳が正面から来た。

 上段からの振り下ろしを、右手、左手と順に叩き込みながら飛び跳ねる。体をツヴァイハンダーで支えるように1回転。巨腕の上に飛び出した。

 呆気なく砕け散る光の階段。

 飛び出した勢いでノーライフキングに迫るが、すいっと移動されて逃げられた。


 空中で迫る、バカげた大きさのビンタ。

 全身に硬い衝撃。痛みかもわからない感覚の濁流が脳を通り抜け、気づけば巨木の幹に叩きつけられていた。


『がっ……あ……ほら、な。こうなる』


 ずるりと滑り落ち、枝の上に着地する。

 なんで俺の支援がこいつなんだか。スイかトウカと交代してくんねえかな。

 あいつらは言わなくても伝わった。戦っていて不自由がなかった。それがどれだけ恵まれていたのか、今になってわかる。


『散らした足場をたくさん作って、空中で跳び回れるようにすんだよ。わかるか?』


 真っ青な顔で、キーティアはこくこく頷いた。

 今度はちゃんと光の板が大量に生成される。その上を走り、上下前後左右から迫る拳を回避し、ノーライフキングに襲い掛かる。

 内臓が痛ぇ。斬撃ではなく打撃だったり、骨の破片が食い込んでいるせいだ。

 切り傷を塞ぐのとは話が違う。世界樹の苗のサポート外ってことだろう。


『聞きたいことは多いが――』


 逃げようとするノーライフキングの右腿みぎももに、投擲した左手のツヴァイハンダーが刺さる。


『――今は、死ね』


 右手で振り下ろした斬撃が、肩口から腹まで切り裂いた。


『よくやる』


 ノーライフキングは表情を変えず、俺の髪を握った。ずるりと剣が抜ける。斬ったはずの場所は既に再生していた。

 掴まれた髪だけで宙吊りにされる。


『保身無き特攻。同じ世界樹に魅入られた者でも、エルフとはずいぶんと違うな』

『一緒にすんな。つーか、やけにエルフを嫌ってるんだな』

『ダンジョンを裏切った一族だ。許せる道理もあるまい』


 宙に揺れる自分の足の下。

 地上から言い争う声が聞こえる。


「命あっての物種ですよ、オヤジ!」

「その命を繋ぐためにはァ、退いちゃいけねェんだよ! てめェらはともかく、少なくとも頭張ってる俺はなァ!」


 まだやってんのかよ。

 そう思い見下ろしたとき、目に入って来たのは。

 メガネの腹を、せきが後ろから刺し貫く様子だった。


「ついていけないす。聖剣は俺が貰います。これで脱出させてもらいます」

「てめェ……」


 遠目でもわかる。2人とも、血走った眼をしていた。

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