第75話

 アンデッドの王みたいな名前をしておきながら、聖剣の効果を突破している。

 いや、そもそも聖剣についてもノーライフキングが語っていたことだから、頭からケツまで信じるのは良くないか?


 這い出てきたスケルトンチャンピオンと斬り合いつつ、ノーライフキングの様子をうかがう。

 目の前の敵も見つつ、ノーライフキング本体も見つつ、空中に展開された腕まで見なければいけねえ。情報量が多すぎて面倒くせえな。


『アンデッドか否か、か。魔法によって生かされている者、ただそう在るものとで違う』

『あ? わかりづれえな』


 デュラハンによる包囲網がじわじわと狭まり始めた。対照的に、周囲にいたスケルトンチャンピオンたちが散開。

 先制をかけて、山里のパーティーが動き始める。


「スイ! お前らは山里と動け!」

「終わらせて合流するね!」


 ノーライフキングの骨の手のひらが、4方向から俺を囲んだ。

 孤立した駒から落とそうとしているのか。


『世界樹の仔よ。そなたにはわかるまい』

『好んでなったつもりじゃねえが……なっ!』


 正面の巨腕に自分から突撃をする。

 勢いで負けんな。自分から斬り込んだ者だけが生き残れる!

 

 遠目に見れば巨大な骨の腕。だが、その1つ1つの構成要素は所詮スケルトンだ。

 質量×速度が破壊力の正体。構成要素は別に硬くない。速度が乗る前にこちらから行け!


 両腕をクロスさせるように、上段から振り下ろした。骨が砕ける軽い音。両腕が下がったところで、全体重を込めた膝蹴りを打ち込んだ。バリバリと骨をかき分けながら、体が中にめり込んでいく。

 鋭い破片が頬を切る。構わずに両腕を振り回した。


『これだから世界樹の仔は……』


 ノーライフキングが溜息をついた。

 ロボにせよノーライフキングにせよ、世界樹世界樹言いやがって。こちとら何も知らずに変なのに寄生されてるんだよ。


『その世界樹ってのを知らねえし、アンデッドについても詳しくねえんだよ!』

『そうであろうな。ダンジョンに呑まれたばかりの世界の民は皆そうだ』


 腕を振り回す力だけで破砕していた骨の腕が形を変えた。

 俺の周囲で球状に変わり、ふわりと高度を上げる。

 頭だけ骨の中から出た状態で、ノーライフキングの正面に浮かべられた。


『呑まれた? まだ地上はダンジョン化してねえぞ』

『繋がっている時点で吞まれている。私だって出ようと思えばいつでも地上に出られる』

『マジかよ。来たらぶぶ漬け出してやるよ』


 ノーライフキングは笑った。


『嫌そうな顔をしなくていい。出るつもりはない。お互いに層を乱さなければそれでいいのだ』


 表情までわかるか。想像以上にコミュニケーションが取れる相手だな。

 対話でどうにかなるか?

 いや、こうして致命の攻撃を仕掛けている時点でそうでもないのか。理解に苦しむ相手だな。


『じゃあ、ダンジョン探索している人間は邪魔じゃねえのか?』

『どちらにつくか次第だ』


 骨が邪魔で下の状況がわからねえ。

 少しずつ手を動かし、真下の骨を削っていく。


『どちらかって、どっちとどっちだ?』

『ダンジョンか、世界樹か』

『対立してんのか?』

『そうだ』


 世界樹はダンジョン内のモンスターかなんかだと思っていたが、違う?

 ロボは世界樹の苗を集めていた。あいつは世界樹側の陣営のモンスター? いや、奴の口ぶりだとワーウルフ達はダンジョンの先住種族みたいなもんだろ。


『ダンジョンは世界を救うための自然現象。それ単体では滅びゆく世界を救うために、あらゆる世界を繋ぐための機構。世界樹はそこに根を張った寄生者だ。世界樹の仔、そなたが寄生されているように。やつは世界に喰らい合わせる』


 俺は口をつぐんだ。

 骨の内側を少しずつ空洞にしていきながら、意識はノーライフキングの話に集中していた。


 滅びゆく世界、か。確かに地球は環境問題だなんだと、限界を迎えているという話は25年前からあった。それを救うためにダンジョンが繋がった……?

 確かに今の日本は魔法と科学が融合し、さらに技術が進歩している。エネルギー問題とか調べちゃいねえが、ドローンなんかを見るにつけ、昔よりは改善されていそうだ。


『だが、そうすっとだ。ダンジョンに呑まれた仔……魔法使いはてめえと和解の余地があるが、世界樹の仔だなんて言われる俺は、和解の余地なしってことじゃねえのか?』


 ノーライフキングは穏やかに微笑した。


『その通り』


 強烈な浮遊感。ノーライフキングとの距離が一気に遠ざかる。俺を包んだ骨の塊が、加速しながら地上に落ちていく。

 くそがっ。

 体をよじりながら、生まれた空洞を起点に一気に破壊した。

 解放感。だが、落下が止まるわけじゃねえ。ぐんぐんと地上が迫る中で、目の前に薄い光の壁が生まれた。

 ガラスのようなそれは、ぶつかった瞬間に小さな衝撃と共に呆気なく割れる。


 意味ねえと思った直後、目の前に無数の同じものが展開された。小さな衝撃と減速の繰り返し。光の破片がきらきらと舞う。地上が目前に迫ったときには、真人間ならギリ致命傷くらいの速度になっていた。


「がぁっ」


 両手両足を同時につけるよう、獣のような姿勢で着地する。全身を突き抜ける衝撃で、一瞬具合が悪くなった。脳が揺らされたか。

 遅れて落ちてきた2本のツヴァイハンダーが、俺の左右の地面に突き刺さる。


『トウカか?』

『妾じゃ』


 声の方を向けば、涙目で巨木の裏から顔を覗かせるキーティアの姿があった。

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