第73話
「なぁ、そういえば儀式魔法ってなんだ?」
ガチャガチャと機材のようなものを組み立て始めた牡羊の会。それを眺めながら、トウカに訊く。
「詠唱だけでなく、事前準備を必要とする魔法ですね。魔法陣を描いたり、
「なるほどな」
トウカのパワードスーツの表面には、無数の魔法言語が刻まれている。それでなお小規模というのだから恐ろしい。
「
ひっそりとダンジョンの中で準備を整えるアンデッドだなんて笑える。いや、笑えねえか。
どれだけのアンデッドを吐き出したのやら。それでもなお、還らぬ城の威容は変わらない。
もしかすると内側はスカスカ、なんてことは――ねえよな。
「儀式魔法は効果が大きいから、待った方がいいかも。巻き込まれたら危ないよ」
スイの言葉に頷いた。背後からビームとか飛んで来たら避けようがねえ。
牡羊の会は単管パイプで足場を組んで、そこに大きな布のようなものを張り合わせていく。布の表面には魔法言語で複雑な文様が描かれていた。
「どうしますー? 邪魔した方が良いならしますけど」
ヒルネが片手でナイフをくるくる回しながら言う。危ないからやめなさい。
「正直、俺は儀式魔法でも牡羊の会でもなんでもいいから、あのデカブツ削って欲しいんだけど」
山里が疲れた顔で言った。
骨の塔による質量攻撃を避け続けるのは疲れる。ワンミスが命取りで体を動かし続けるわけだからな。それに、爆風に耐えるのもなかなかしんどい。
「まずはお手並み拝見ってとこか」
そうこうしているうちに、準備が整ったようだ。
縦横8メートルはある大きな布を、還らぬ城に正面が向くように、ぴっちり伸ばしている。
「見覚えがある文様ですね。あれ、確か地下25層あたりで発見された石板に描かれていた文様のはずです。丸ごと写したものでしょうか」
「へぇ、25層にあんな大仰なもんがあったのか」
「かなり珍しかったようで、魔法言語を研究する者の間では大きな話題になりましたが……ナガさんが知っているはずもありませんよね」
「俺は魔法使えねえからな」
今後の戦いを考えれば、魔法についての知識も必要だろう。おいおいってやつだな。
魔法陣から離れるように、メガネと
「こっち来んなよ。てっきりてめえが生贄だと思って見てたのに期待裏切りやがって」
「ひどい言い草じゃねェの。生贄を使うのはアンデッド系の遺跡から出た儀式魔法だけだァ」
魔法陣の裏側に移動した100人以上の魔法使いが、同時に杖を布に向けた。
ダッダッダダダダ。ダッダッダダダダ。ダッダッダダダダ。
スネアドラムのような陣太鼓が一定のリズムを刻む。それに合わせて詠唱が始まった。大勢の男たちがぶつぶつ唱えるくぐもった声が響く。
「詠唱長くねえか?」
「長すぎるなァ」
よくよく見れば、魔法使いたちはスマートウォッチから空中に投影した文字を読みながら詠唱しているようだ。楽譜みたいなもんか。
「間違えたらどーなるんですか?」
ヒルネが関に訊ねた。刺した相手によくもまあ聞けたな。
関も引いた顔をしている。
「ああ、いや、うん。間違えた奴の体力が吸い取られて、気絶させられるな。数日間の昏睡、ダンジョン内だとかなり危険だ」
「へー、何人かは間違えて欲しいですね!」
関がすっかり嫌そうな顔になった。
ヒルネのメンタルが強すぎる。本当に、この子はロボとの戦いで一皮どころじゃなく剥けた。剥けすぎだろ。
人語を解する相手との殺し合いは、やはり心境に何かしら変化を与えるものなのかもしれない。
魔法陣が段々と強い光を発する。眩しくて見ていられないくらいまで高まったとき、詠唱が止まった。
魔法陣の先から、バスケットボールくらいの小さな火球が生まれ、ゆっくりと還らぬ城に向かって飛んでいく。
「なんか……しょぼい?」
スイが首を傾げた。
見た目の仰々しさの割に、ひどく小さい。普段からスイがぶっ放してる火球と大差ない。
しかし、メガネと関、それに牡羊の会の連中が木の裏に移動して地面に伏せたのを見て、考えを改めた。
「俺らも伏せるぞ、でかい爆発がくる」
一番近くの巨木の根元を見れば、シャベルマンが浅い
全員でその中に飛び込み、体を丸める。耳を手でふさぎ、口を半開きに。
カッと閃光が走った。少しだけ間をおいて、爆風と衝撃波が走り抜ける。体全体に同時に感じる瞬間的な圧力。塞いでなお、鼓膜がびりびりと突っ張った。
吹き抜けた風が逆方向から吹き戻す。
木から剥ぎ取られた大量の木の葉が舞った。
すげー威力だな。
もし俺らが先行して突っ込んでたら、俺らごと撃ち込む気だったろ。
巨大な還らぬ城は、直撃したらしい場所が、大きく半球状に抉れていた。衝撃で多数のスケルトンが力を失ったのか、ぱらぱらと脱落し、崩壊が始まっていた。
「2発目ェ! 急げェ!」
メガネが怒鳴る。
有効打を入れたら、迷わず追撃。そういえば、これはメガネに教わったことだったか。
慌てて爆風で
還らぬ城の崩壊が止まらない。どんどん形を失い、白色の山のようになった。
その頂点から、水面から跳ねる水滴のように、球体の骨の塊が浮かび上がる。
球体の上に人影。足を組み、気怠そうに座る女だ。アジア系の顔立ちで、長い黒髪と青白い肌が印象的な美人さんだ。
あれが
布の補修が終わった。すかさず配置につく魔法使いたち。スネアドラムが打ち鳴らされた。
不死の王が、指先を揃えた片手を上げる。
崩れ落ちていた骨たちが、重力に逆らうように浮かび上がった。それらは纏まり、定められた形を作り上げる。
握り
蜘蛛をひっくり返したような姿で、こちらにフワフワと飛んできた。
「第2形態、だがでけェなァ……」
メガネの声が聞こえた。
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