第72話

 騎兵の脅威っていうのは、映画やら漫画やらで散々見てきたつもりだった。

 ダンジョンに潜るようになってからは、繰り返し思い出した。


 だが、これほどとは!


 迫りくる人馬一体の化け物を前に、喉を震わせ咆哮を上げる。

 デカい、そして速い!!

 馬の頭が、俺よりも上にあった。当然、それにまたがるデュラハンの頭はさらに上。


 殴ろうとするゴリラや、食らいつこうとするラプトルとも違う、突進の威力そのもので殺そうとする動き。それは本能的な恐怖を呼び起こす。


 数える間もなく、デュラハンが目前に来ていた。

 胸を狙う正確なランスの一突きに、ツヴァイハンダーを合わせて受け流す。摩擦だけで体を全部持っていかれそうだ。

 派手に飛び散った火花が熱い。顔の表面にチリチリとした痛みを感じた。


 俺たちの間を切り裂くように通り抜けたデュラハンは、30メートルほど離れた場所で立ち止まり、くるりとこちらに向き直る。骨の馬スケルトンホースの前足がガツガツと地面を搔いた。


『アフィ レ オ マロシ』


 スイが小声で唱えた。宙に現れた火球がデュラハンに飛ぶ。


『イア シスカ』


 くぐもり、掠れた声がした。デュラハンの脇に抱えられた頭部からだ。

 火球が炸裂。だが、デュラハンの前方には黒水晶の盾が展開されている。


「魔法での防御か、面倒くせえな。ロボと同じのか?」

「言語系が同じかは不明ですが、見た目は同じですね」


 宙に浮くトウカが答えた。

 空中という安全地帯にいるの、ちょっとズルくねえか?


 盾を張った状態で、再び俺へのランスチャージ。今度は1回目よりはっきり見える。

 段々と視界の中で大きくなっていく騎馬。そして、長大なランスの先端が真っすぐ俺に向かってきている。


 ちらりと目だけで足元を確認した。

 紫の霧のようなものが、無数の人の手となり、俺の足に絡みついている。

 なるほど、逃げられなくしてから打ち抜くってわけか。


「ナガ!」


 スイの声。再び放たれた火球も、黒水晶の盾に弾かれた。

 俺の後ろから投げ放たれたシャベルは、肩の丸みを帯びた装甲に流される。


 逃げ場のない一騎打ちを、馬上の相手と強いられる。

 けどな、交錯の瞬間はお互いに無防備だろ。


 大上段に構えた2本のツヴァイハンダー。それを背中側から地面につくくらい振りかぶる。全身を大弓のように引き絞った。

 ギロチンのように高速で落とす切っ先。その対象は、俺を貫こうとするランスの向こう側。デュラハンの本体だ。


 デュラハンの動きがブレた。ツヴァイハンダーから逃れようとして、体を大きく捻る。

 ランスの切っ先がブレた。俺も半身になって、ギリギリで避ける。

 お互いに致命傷から逃れようとした結果、スケルトンホースの後ろ足だけが斬り飛ばされた。


 バランスを崩しながらも、乗り手を守るように、腹ばいで地面を滑る馬。

 土を派手に巻き上げたスケルトンホースは、負荷に耐えきれなくなったか、がしゃりと音を立てて潰れた。


「馬を失ったら形無しだな、首無しの騎士さんよ」


 崩壊した背中から降りたデュラハンは、動かなくなったスケルトンホースを前に立ち尽くす。

 感情などないはずだが……。

 くるりと振り返ったデュラハンは、スケルトンホースの亡骸を守るように、その前で深く腰を落としてランスを構えた。


 俺も両手でツヴァイハンダーを構え、正対する。


「伝わるかは知らねえが、一応言っておく。お前の相棒にはもう手を出さねえ。巻き込みたくねえなら、もう少し前に出ろ」


 騎士みてえなことしやがって。

 最近エルフと関わったせいで、モンスターとの距離感が狂わされているのを感じる。意思疎通なんてするんじゃなかった。

 言葉よりも態度で感じるものがあったのか、デュラハンはランスを下ろし、ゆっくりとこちらに歩を進めてきた。


 その体が、爆炎に包まれる。


 衝撃と熱風。咄嗟とっさに両腕で顔を庇った。なんなんだよ!

 風が吹き抜けたあと、そこに残っていたのは、粉砕されたデュラハンの鎧だけだった。


「ははははァ、火球とはいえ流石に20発もまとめて撃ち込めばァ、効くかァ」


 笑い声が聞こえた。

 破壊されつくした骨の道の奥、大木の木立の中からメガネが姿を現した。引き連れているのはせきと、杖を持った数十人の配下たち。


「……何しやがる」

「高位のアンデッドに苦戦してるようだったからなァ。助けてやったんだよ」

「求めてねえぞ!!」


 思わず怒鳴りつけた。


「モンスターを殺したのにィ、怒られる道理がねェなァ」

「ちっ」


 舌打ちが漏れる。

 不快だが、それだけだ。確かに真っ当な支援と言えなくもない、かもしれない、くらいのことではある。


「まあいい。それより、てめえご自慢のユンボはあそこで火葬炉になってんぞ」

「想定外だったな、ありゃァ……」


 メガネは目を細めながら憎々し気に言う。


「第2形態までやられることはねェと踏んでいたんだがァ」

「第2形態?」


 メガネは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「実はァ中国の人民解放軍が一度やり合ってる。小隊で挑んだ結果、取り逃してるがなァ。広範囲にアンデッドをまき散らしながら進むのが第1形態。本体が出てくると同時に質量攻撃するのが第2形態だったはずだァ」


 そう話している間にも、ぞろぞろと現れる配下たちの数は優に100を超えていた。

 全員が杖を持っているあたり、魔法を使える精鋭たちってところか?


「つーわけで、予定より早いが仕掛けるかァ」


 メガネは不敵に笑った。


「儀式魔法には、儀式魔法ってなァ」

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