第71話

 戦術兵器。そんな言葉が脳裏をよぎった。

 直径10メートルになるまでかき集めたスケルトンの束が落ちてくる。その質量だけで、人間が抗えない大破壊を引き起こした。


 メガネが自慢していたユンボも一撃で大破だ。

 俺たちの前を走っていた牡羊の会のメンバーの姿が見えない。細く煙が立ち上るところに目を凝らせば、叩き落されたドローンの残骸が小さな火を噴いていた。


 人間など骨の破片に埋まってしまったか、とっくに原型も残されていないってことか。


「質量攻撃は流石に厄介だな」

「倒すとかどうこうじゃないもんね」


 そうなんだよな。モンスターとしてのスケルトンじゃなくて、弾として使ってきやがる。


「1回。1回だけなら、たぶん防げる」


 スイが錫杖を軽く振った。しゃらりと涼やかな金属の音がする。

 スイが言うには、瞬間的に壁を作り出す魔法で、ほんの1秒程度なら防げるらしい。なお、直撃を防いでも横からの爆風は対処できないそうだ。


「範囲も限られてるから、回避でいけないか?」


 山里が直線状に破壊された白色の道を見ながら、らしくないことを言う。

 マジでこいつ勇者になっちまったか?


「回避って点で言うなら、トウカがしんどいだろ。ワンミスで死ぬぞ」


 で、そのトウカがいないと範囲攻撃での負傷を無視できなくなる。


「俺がフォローします」

「お前はダメだ」


 斧使いの比嘉ひがが提案するが却下!

 女にいいところ見せたい野郎はすぐに死ぬ。


 背後から高速で迫る気配に、俺とヒルネが振り返った。

 20を超えるエルフの集団が、巨木の枝を蹴りながら飛んできている。


『助太刀に参りました!』


 先頭のエルフが大声で言った。

 手の先に光の傘のようなものを開き、ふわりふわりと降下してくる。アホなところが目立つが、こいつら一応は魔法が得意なんだったな。


『ちょうど良い、トウカの足にすっか。お前ら、1人くらいは運べるだろ』

『当然です』


 そのエルフがトウカの脇を抱え持ち上げようとしたが、顔を真っ赤にしてすぐに諦めた。

 肩を上下させ、全身で息をする。情けねえな。


 今度は数人がかりで、光で出来た鎖のようなものをトウカに繋げた。まるで邪悪なものを封印するような魔法だが、単なる鎖らしい。

 それを5人がかりで引っ張り、ようやく空中に浮きあがった。光の板を足場にしているようだ。


「まぁ、これで進めるか」


 そう口にはしたものの、一難去ってまた一難がダンジョンの定石。ひりつくような嫌な予感は拭えない。


 ずどん。森が震えた。

 少し離れたところから、鉄臭い風が吹いてくる。

 再び落とされた骨の塔に、牡羊の会が何人か巻き込まれたようだ。


 還らぬ城を見れば、次々と骨の塔を生やしている最中だった。


「目を逸らすなよ」


 完成したそばから、質量兵器が倒れ込んでくる。


「右です!」


 ヒルネの声に合わせて全員でジグザグに動いた。


「もっかい右です!」


 こういうとき、女の高い声は良い。轟音の中でも耳に届く。

 ばらばらと骨と土が混じったものが降り注いだ。まるで絨毯爆撃の中を走っているみてえだな。


 これだけの大盤振る舞いでも、スケルトンが尽きる気配がない。依然として立ちはだかる巨大な城。そこに、門のように穴があいた。

 1頭の馬のようなシルエットがゆっくりと歩み出る。


「騎兵?」


 スイが呟く。

 見た目はまるで騎士。だが、首から上には何もなく、小脇にかぶとを抱えている。胴体と切り離された兜には、紫の鬼火が揺れていた。

 錆だらけでくすんだ茶色のフルプレートアーマー、馬はほぼ骨になっており、擦り切れた馬鎧が痛々しい。まさに激戦の中で命を落とした騎士の末路のような姿。


「デュラハンですね」


 トウカが言った。

 首無し騎士、デュラハン。浅い階層では見かけないアンデッドだ。俺も見たことがない。


「あいつが不死の王ノーライフキングってわけじゃねえんだろ?」

「違いますね。数少ないですが目撃例があります。墓地エリアの教会を守護していることもあるとか。ですが、これまでの目撃例では鬼火無しだけのはずです」

「紫の鬼火は未知ってことか」

「もしかすると、不死の王ノーライフキングはアンデッドを強化するのかも」


 なるほどな。

 確かにそこらにうじゃうじゃいる骨共だって、当たり前のように紫の鬼火だ。水色、黄色、赤色が多いはずなのに。


 バイクで駆ける一団が俺たちを追い抜いた。

 5台のオフロードバイクに乗ったやつらが、片手でモーニングスターを振り回す。すれ違いざまに骨をぶん殴ろうというのだろう。


 それを迎え撃つように、デュラハンが走り出した。左手に兜、右手に馬上槍ランス

 デュラハンの体からぶわりと紫色のオーラが漏れる。危機感を覚えたか、牡羊の会はランスを持っていない左手側に逃げようとした。


 が、紫のオーラに捕まり、がくりと速度を落とす。

 そこに突っ込んだデュラハンのランスの切っ先が、2人まとめて刺し貫いた。勢いそのまま、馬の蹄がバイクごと1人を踏み潰す。燃料に引火したのか、派手に炎が上がった。


 激しく燃え盛る炎の中から、空に丸いものが2つ跳ね上がった。くるくると回転しながら液体をまき散らしている。

 それが何かなんて、想像したくもねえな。


 ちりちりと体の表面に炎を残しながら、ゆっくりとデュラハンが姿を現した。

 5人の探索者を一息で殺したにも関わらず、なんの情緒も持っていない様子だ。


 ランスの先端が俺たちに向けられた。

 骨の馬が興奮したように頭を上下に振りながらいななく。


 背筋に冷たいものが走った。

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